企業インタビュー
2022.06.17
「地域の山をきれいにしたい」という想いのもと、ゼロから始まった技術者の育成
文 :三上由香利
写真:山下陸/一部五條市森林組合提供
奈良盆地の南西部に位置する五條市。行政やこの地域の山を所有する山主の代わりに木の伐採や森の管理を行うのが、五條市森林組合。もとは事務や仕事の斡旋など事務業務がほとんどでしたが、林業の担い手不足とともに、現場作業も担うようになりました。
全ての職員が未経験からスタートした五條市森林組合は、どのように技術者を育て、地域の信頼を獲得してきたのでしょうか。およそ20年の間、組織づくりに携わってきた五條市森林組合の山中 学さんに、林業の良さも、難しさも含めたリアルな言葉をお聞きしました。
インタビュー:山中学(五條市森林組合)
林業の担い手不足により、組織の役割が変化
――森林組合とは、どのような役割を持った組織なのですか?
元々は山主の代わりに補助金申請を行ったり、私有林で伐採を行う働き手を探して派遣するなど、出資していただいている組合員(山主)のための組織でした。30年ほど前は山主自身で木を切って山の管理をしていましたが、山主の高齢化、林業の担い手不足により、現場作業も森林組合が担うようになってきました。これは五條市森林組合だけでなく、全国的に同じ傾向だと思います。
――なぜ、林業の担い手が減ってしまったのでしょうか?
30年前は、山主だけでなく、家の仕事をしながら空いた時間で林業をやって稼ぐ人、日雇いで林業をする人が多かったんですよ。木の値段が全国的に上がった時があり、その中でも吉野の木は、ブランド価値の高い木材として高い値段で取引されていました。結局は、木のバブルみたいなもんやったと思うんですけどね。ところが、マンションなど木材をあまり使わない建築様式が増え、さらに輸入木材が使われるようになり、次第に日本の木材の価格が落ちていきました。山主の意欲が急激に薄れていくにつれて山仕事の量も急減し、一気に林業の担い手が少なくなってしまったんです。林業に就く人も、不安定な状況で苦労してきたから子どもには継がせたくないと後を継がせることに消極的になっていました。そういったことで私たちは、自分たちで、山で働く人材を育成するようになったんです。
手探りで、手作りでつくってきた組織
――どのように人材育成をスタートされたのですか?
現場専門として採用した3人の職員に、地元の林業会社へ1年、研修に行ってもらい、実際に体を動かしながら技術を習得してもらいました。未経験からのスタートだったので、ずいぶん現場の人に怒られて苦労したそうです。でも真剣に怒られたからこそ、しっかりと技術が身につき、人に教えられるまでになったんだと思いますよ。その3名を指導者として、さらに3名採用して…という形で今に至ります。県の人材育成の支援の制度や緑の雇用制度を利用して、資格や特別講習を受けてもらって、地元の林業従事者にお世話になりながら、技術者を増やしていきました。今は11人の技術者がいますが、当初いた3人のうち、今現在残っているのは1人だけなんです。他にも怪我で離脱したり、結婚を機に「安定した仕事に就きたい」と辞める方もいます。みんな「仕事は嫌いじゃないんですけど」とは言ってくれるのですが…。人材育成は本当に一進一退ですね。
――今いるメンバーは、どのような方たちなのでしょうか?
元は学校の先生、SE(システムエンジニア)、バイク屋の店長など経歴もバラバラです。未経験から始めた人たちが知恵を出し合い、みんなで手作りしながら進めてきた組織だから、上司部下というより先輩後輩という関係性。一旦は辞めたけど、「やっぱり自分にはここが合ってると思うんです」と帰ってきたメンバーもいます。
――フラットな関係性であることで、仕事にプラスになることもありますか?
最初の3人が林業の現場で仕事を教わった時に「現場では敬語を使うな」と言われたそうです。林業は危険を伴う場面もあるため、即座に何でも言い合える関係性が、危険から身を救うこともあるのかもしれません。また、やりたい仕事、取りたい資格など、チャレンジしたいことは積極的に言って欲しいと声をかけています。ロープで木に上って上から伐り崩していく「特殊伐採」という方法があるのですが、これは現場から技術を習得したいと、声があがったんです。電線が張り巡らされている場所や車が頻繁に通る道路は、特殊伐採が必要になります。最近では、「ナラ枯れ」といって、虫についてる菌が木に入って水分が吸えなくなり、真っ赤になってコナラやカシ類が枯れる病気がこの辺りでも頻発しています。神社とか民家などから「枯れて倒れそうな木を伐採して欲しい」という依頼も多く、特殊伐採のチームが活躍しています。
――自分たちが習得した技術が仕事につながることで自信に繋がるし、モチベーションにもなりますね。
昔の吉野林業って定期的に山を整備していたんですが、今は資金も人手もなくて県の補助事業が出た時にやるのがやっとなんです。ものすごく荒れた状態から作業が始まるので、前と後がものすごく違うんですよ。それを見るとやってよかったなと思いますね。自分が手をかけた山がきれいになっていく、作業道が新たに作られるなど、仕事の成果が目に見えることもこの仕事のやりがいのひとつだと思いますね。
林業に従事する上で大切なこと
――この仕事には、どんな人が向いていると思いますか?
今残っているメンバーは、作業道を作ること、木の伐り方など、それぞれにこだわりがある職人肌タイプ。人よりもこだわりが強い人間が残っている感じがしますね。奈良県の地形、地質などの自然特性を踏まえて、壊れにくく繰り返し使用できる作業道を「奈良型作業道」と呼ぶのですが、道に対するこだわりが強い技術者は、その第一人者である岡橋清隆さんの元へ何ヶ月も修行に行って、学んできたんです。今では県内で作業道について教える立場に立っています。
――技術者の探究心が、技術者の安全確保や環境の保持にも繋がっているんですね。
技術を習得する間にいろんな失敗を重ねて、細かいところに気づいていく。小さな気づきが積み重なって、大成する仕事なのかもしれませんね。
――逆にどのような人が、林業には向いていないのでしょうか?
あくまで経験値上でのお話ですが、「環境について関心があります」とおっしゃる方は、もしかすると続かないかもしれません。山の環境を保持しながら、持続可能な林業を目指してはいますが、局所的な視点で見ると、木を切ること、山を削る行為は環境の破壊にも当てはまるんです。極端な言い方をすると、動物を好きな人は食肉加工業につかない。林業がどういう仕事なのか捉え方を違えてしまうと仕事は長く続かないので、面接の時にしっかりとお話し、短期アルバイトとして実際に現場で働いていただくことでミスマッチを減らすようにしています。
――林業に従事する上で、もっとも苦労する部分はどのようなことでしょうか?
やはり自然と対峙する仕事だということです。「自然の中で働けて気持ちよさそう」と思う方もいると思いますが、虫は大きなストレスになりますね。山に入ったらダニやブヨに刺されることもあるし、場所によってはヒルもいます。最近は作業道ができて、現場近くまで車で入ることが多くなってきたんですが、やはり虫は解決できる問題ではないですね。あと、女性が1番気を使うのはトイレかな。調査や測量をする女性スタッフがいるんですが、スタッフ同士で互いに気を使い合うことが必要です。もっと女性の技術者にも入って欲しいと思うんですが、こういった問題は避けて通れない。それでも興味を持ってくださった方は、ぜひ林業に携わって欲しいですね。
森も働き手も守りながら、林業を未来ある仕事に
――今後を見据えて、どのような取り組みをされていますか?
組合の規模をもっと大きくしていきたいと考えています。五條市管内でも放置されたままの山が大量にあって、どんどん手を入れていきたいけれど、今の人数では全然足りていないんです。今は山から木を間引きして伐る「間伐」の作業が多く、コストや労働力がかかりすぎてしまっていることも難題です。そこで今後は、対象となる森林の区画にある樹木を全て伐採する「皆伐」の仕事を増やしていきたいと考えています。これまで皆伐は地域の林業会社、山の手入れに関わることは森林組合と役割を棲み分けしていたんですが、林業会社もやめてしまうところも多く、おそらく近い将来、皆伐も私たちが請け負うことになります。それに間伐ばかりでは、海外の木材(外材)に頼るような状態を打破できないと思うんです。
外材って実はそれほど安いわけではなくて、それでも売れるのは、まとまった量が確保できるからなんです。日本の木材は市場を回って集めてこないといけないので、それだけ運送料も手間もかかる。じゃあ供給力の弱さをどうやって補うかと考えたら、間伐で少量出すよりも皆伐で必要な量を一気に出す。その方が、未来があるんじゃないかなと考えています。山を守るという意味でも、山主さんが木を収入に変える必要があるんです。ただし、土砂災害の発生につながるような施業では元も子もないので、山の位置・地形・地質の状態や山を傷めない手法等を鑑みたうえで、皆伐にも取り組んでいきたいですね。
――そのためにも、皆伐や再造林の技術や人手も必要になってくるんですね。
林業に対する魅力はあると思っていますが、それ以前の問題としてベースの給料を普通の会社と横並びにし、まずは選ばれる土俵に上がらないといけない。以前すごく良い人が入ってくれたんですけど、結局「体力も使うし、危険も伴う仕事なので、もっと給料が高いと思っていました」と言って1年ほどで辞めていかれたんです。とてもショックでした。
あるドラマで「やりがい搾取」という言葉が出ていましたが、うちもこれまで個人のやりがいに頼っていたんじゃないかと気づいたんです。林業のなり手がいなくては、せっかく育てた木も放置され、山はどんどん荒れてしまいます。自分たちの住んでいる地域のあまねく山をきれいにするためにも、技術者を育成することは私たちの大切な役割だと思っています。
仕事を選ぶことに理由を必要とする職業もあるけれど、林業は山に身を置き、そこで働く日々によって、その仕事に就く理由が作られていく仕事なんだと思います。だからこそ、林業に20年近く従事してきた山中さんの言葉は、理想論なんかじゃなく、リアルな言葉ばかり。まずは従事する人を増やし、日本の木材が選ばれるようになる。この先も、林業をつないでいきたいという想いのために。
Profile
企業名:五條市森林組合
所在地:奈良県五條市西吉野町城戸125
電話番号:0747-33-0001
URL:http://web1.kcn.jp/gojo-mori/index.html
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