企業インタビュー
2024.02.01
古都明日香の景観を守る、林業のやりがいと未来への想いとは
文 :さとう未知子
写真:明日香村森林組合提供
山に関わる仕事に興味はあっても、林業から想像する田舎暮らしにハードルを感じて、一歩を踏み出せない。そんな不安を抱える方も多いのではないでしょうか。街に暮らしながら、山と関わる仕事をする。今回は、そんな想いを叶えられる「明日香村森林組合」でのお仕事を紹介します。
明日香村森林組合で働く西本 将(にしもと まさる)さんは、入社8年目にして現場管理責任者を務めます。「山の仕事は厳しいけれど、人から感謝される喜びがある」と言う西本さんの話からは、未来に残したい森づくりへの想いが溢れていました。明日香の森の林業を担う若手に聞く、仕事のやりがいと、この先の林業に想うこととは。
インタビュー:西本 将さん / 中垣 裕紀子さん(経理・総務・庶務担当者)
日本有数の観光地、明日香村の景観を守る
明日香村は奈良盆地の南端に位置し、全国でも有数の観光地として知られています。飛鳥時代には都が置かれ、聖徳太子や中大兄皇子が活躍した場所。数々の古墳や社寺が点在し、周囲の森林や田畑と一体となって、歴史・文化を感じさせる美しい田園風景をつくり出しています。その豊かな風景を維持するためには、人が手をかけ、守り続けていかなければなりません。
――西本さんはどのような経緯で、明日香村森林組合で仕事をするようになったのですか?
西本 出身は奈良県で、高校卒業後に北海道に行き、酪農の仕事をしていました。ところが、1年ほどで、奈良県の山に囲まれた環境が恋しくてホームシックになったんです。そこで、奈良に戻り、奈良県森林組合連合会主催の就業支援講習に参加しました。その会社説明会で出会ったのが明日香村森林組合です。明日香は子供の頃に、よく訪れていた場所。ところが、大人になってから来てみると、子供の頃に見ていた景色と変わっていて驚きました。竹藪が荒れていたり、雑草が生えて景色が台無しになっていたり。そこで、自分も何か役に立てないかと考え、働くことを決めました。
――明日香村森林組合の成り立ちと、事業内容について教えてください。
西本 設立は昭和27年(1952年)で、当初は、組合員である山林所有者の山林に関わる事務的な手続きを行う事務組合でした。ところが、平成10年に台風が奈良盆地を襲い、倒木が出て山が荒れてしまったことをきっかけに、地元で山と関わる仕事をする人を雇い入れ、山林整備を進めることになりました。事業内容は、保育間伐※をメインとした伐採・搬出作業や、間伐材を有効活用してベンチや公園の柵などの木工作業を行っています。また、夏場は山での仕事が減るので、行政と連携して公園や県有地の除草作業を行うなど、明日香村の景観維持に関わる仕事をしています。
――他の事業所との違いや明日香村森林組合ならではの特徴はどのようなところですか?
西本 当組合は、「明日香村の過去の遺産と自然を守り、豊かな森づくりをすること」を企業理念としています。明日香村は、国から「古都」に指定され(古都指定都市)、街並みの保存のための「古都保存法」や明日香独自の法律である「明日香法」によって守られているため、明日香独特の整備の仕方があります。他の林業地のように、素材生産のために材を伐り出して市場に出し、利益を生む仕事というより、景観管理や環境保全として活躍している部分が大きいです。
――売るために木を伐るのではなく、未来に残すための景色をつくっていくということですね。保育間伐の伐採とは、具体的にどのようなことを考えながら仕事をするのですか?
西本 明日香の景色を守るために、間伐の時に劣勢木を伐採する作業となりますが、どの木を残すかという選木が重要になります。悪い木ばかりを伐ってしまうのも良くない。良い木同士が残り、競争してしまうとどちらも悪い木になってしまうこともあるので、10年20年先の森の様子を想像しながら、バランスを取って木を伐っていくことを心がけています。
街の人の暮らしに関わる、林業の仕事
続いて、明日香村森林組合の働く環境についてのお話では、事務職員の中垣裕紀子さんも参加。ざっくばらんにお話をする様子からは事務所の雰囲気がとても良いことを感じました。
――明日香村森林組合では何名の方が働いているのですか?
西本 現在は現場スタッフが9名、伐り出した間伐材を使って木工製作する部門が3名と事務職員の3名で、合わせて15名の職員が在籍しており、年齢層も20代から70代までと幅広い層が働いています。
――どのようなチーム編成で仕事をするのですか?
西本 現在、現場スタッフは3名と6名の2つの作業班に分かれています。3名の班は、組合でつくった木製の看板や柵、ベンチなどの製作物の設置や土留め工事など、土木系の仕事がメイン。私も在籍している残りの6名のチームは、山での間伐作業や除草作業を行っています。
――新しい人が入られた時は、どのチームでのスタートになりますか?
西本 新入社員は、まず私のいる作業班に入っていただくことになります。人数が多いので、色々な先輩が持ち回りで教えられるということもありますが、こちらの班には高齢でベテランの方がいますので、その方の技術を習得していただくということが大きいですね。
――社内でのコミュニケーションを良くするために心がけていることはありますか?
中垣 夏はBBQ、冬は忘年会など、定期的に社内のイベントを開いています。在籍しているスタッフの世代は幅広いのですが、フラットな関係でとても仲が良いですよ。山の仕事は危険な作業が多いため、小さなことでも確認し、その場で言い合えるような距離感がとても大切になります。夏場になると、事務職員が各現場にスポーツドリンクを届けて、その場で意見交換を行ったり、新入社員には週に1度、面談をして困っていることや現場での不安はないかと聞くようにしています。現場だとチェーンソーの音などで聞き取りにくいことや、その場で分からないことが出てきますので、落ち着いて話をできるような環境づくりも行っています。
――新入社員は、未経験から始めてどれくらいで一人前になっていくのですか?
西本 最初は、先輩1人が必ずついて、つきっきりで教えてくれます。人によってペースはさまざまですが、僕の場合だと2年目くらいからはある程度1人で伐採できるようになり、伐った後に先輩からアドバイス頂くようになりました。3、4年目で、ようやく全体が見られるようになったと感じるようになりました。ただ、林業に関しては一人前になれたと感じることはないと思っています。一人前になれたと思ったら、そこで成長が止まってしまう。緑の雇用制度を利用して資格を習得したり、他の事業者さんと一緒に仕事をする時には、その方の技術を見たり、聞くようにしたりして、山の中に入った時に実践するということの繰り返しです。
中垣 林業は幅が広いので、何を以って一人前とするかは非常に難しいのですが、一人一人の得意分野を活かせるような仕事配分を心がけています。また、本人のやる気や努力次第で、仕事が広がっていくこともあります。西本は「特殊伐採※」の勉強をして資格をとり、今では組合の仕事として始めるようになりました。
西本 以前は、特殊伐採の仕事は受けてはいなかったのですが、今後、この作業は必要になると思い、独学で勉強を始め、資格を取りました。「これは必要だから、やらせて欲しい」と事務所に伝えたところ、それが受け入れられて、仕事としてできるようになりました。個人の努力と、それをいかに説明できるかということも大切になりますね。最近では、特殊伐採の案件として、神社の木が枯れてしまい伐採して欲しいという依頼や、明日香村は橿原市といった市街にも近いので、街路樹の伐採の依頼も増えてきました。
――意見が取り入れられる風通しの良さや、挑戦できる風土は、仕事のモチベーションにつながりますね。仕事のやりがいは、どんな時に感じますか?
西本 村の景観を維持するために除草作業を行うのですが、90度近くの崖のような場所の作業もあります。そうすると、通学中の子供達が見上げて「そんなところで仕事しているの!すごい!」と、声をかけられることも。子供にとって、ヒーローになれます(笑)。 また、大きな木を伐採する時には、近所の人たちが見学に来て「こんな大きな木を伐採するのか。すごいな」といったお褒めの言葉や、感謝の言葉を言っていただけるんです。人に誇れる仕事、頼られる仕事ができるということは、仕事のやりがいにつながります。また、毎朝、明日香村の山を見ながら通勤するのですが、その景色を見ながら「この山は自分たちが守っているんだ」と感じると、「よし。今日も頑張るか」という気になりますね。
求める人材と働く環境を整えること
――山の仕事をしていて、厳しいと感じるところはどういうところでしょうか?
西本 致命的だと思うのですが、僕は毛虫が大がつくほど嫌いなんです。そういう時は先輩に「無理だからどうにかして!」とお願いすることもあります(笑)。そんなことも仲が良いからこそ言え合える環境だと思います。
――仕事をしている上での課題はどのようなところでしょうか?
⻄本 現場の職員と事務職員では、⾒え⽅が違うので、意思の疎通をとることが課題です。どちらの言い分もありますので、双方の歩み寄りが必要ですし、そのためにもコミュニケーションを取りやすい環境づくりを心がけています。やはり、いろいろな世代がいる中で、1つの物事であっても捉え方が違うので、色々な意見ややり方が出てきます。入社したての頃は、「一人前に育てよう」という熱い想いで皆さん一生懸命教えてくださるのですが、それぞれやり方が違い、最初は戸惑うこともありました。教えられたことをすると、他の人からは「そんなやり方は違う!」と怒られたり。でも、どのやり方が合っているのか、最終的には柔軟に自分の判断で決められる能力が必要だと思いますね。
――どのような人が、この仕事に向いていると思いますか?
西本 山の仕事は危険な作業なので、度胸がある人ではなく、臆病な人が向いていると思います。後輩を教えていて常々感じることは、「怖い」という思いがあることは大切なこと。逆に、勢いがあって想いが先走ってしまうと、周りが見えていないことが多い。臆病な人の場合は、「こうしたら安全」という方法を考えて作業に当たるので、この仕事では、臆病さが素質になると思っていますね。
――それは、「度胸がある人待っています!」というより、間口が広がるような気がしますね。どういう人と一緒に仕事がしたいすか?
西本 自信がなくても良いと思います。最初から能力を求めている訳ではありませんので。誠実で、忍耐力や向上心をもって取り組んでいただける方をお待ちしています。自信を持ってしまうと、そこで成長が止まってしまうので、色々なことを吸収しようという意気込みがある人が良いですね。
中垣 林業は、今も昔も変わらない危険な作業になります。その反面、お給料面もそこまで手厚いものではありません。そこを理解していただいた上で、それでも山に関わる仕事がしたいという想いのある方には、やりがいもあり、長く続けられる職業だと感じています。受け入れる側としても、お給料の改善や若い人が働きやすい環境を整えていくことに対して積極的に取り組んでいきたいと思っています。
――働く環境面で取り組まれていることはありますか?
中垣 ここ3、4年で雇用改善の取り組みを進めていて、来年の4月から新しい雇用体制での募集を始めます。現在は契約社員の募集ですが、契約だからといって早期に切ることはありませんし、正社員と条件的には変わりません。(3年目以降は希望者に正社員雇用あり)
契約社員というのには訳があって、高齢者の方が多いため、正社員雇用の場合は定年が決まっているので、正社員だとかえって長く働けなくなってしまいます。長く働きたいという方は、契約社員で年齢制限のない方が都合良いということもあり、今もその形で募集をしています。現在は最高齢の70歳で現役で仕事をされている方もいますので、長年の経験や技術を受け継ぐには、今が良いチャンスになると思います。
未来に残していきたい、森づくりとは
――西本さんが感じる、現在の林業の課題や想いをうかがえますか?
西本 現在、木材価値が低迷していますが、この先は、木材価格を上げるということではなく、材価に頼らない森林の価値を高めていくことも必要なことだと感じています。レクリエーションや防災など、森林の持つ機能を高めていくことを考えていきたい。そういう意味では明日香村はとても良い位置にあり、里山景観を守るための人工林ですので、レクリエーションの場を生み出すことに力を入れていきたいと考えています。
組合の企業理念にも「豊かな森をつくる」という言葉がありますが、豊かな森は何かと自分なりに考えると、人が集まる森が豊かだと感じています。昔の人に話を聞くと、山にはいつも人がいて、生活のために薪を集めたり、木を伐り出して家をつくり、お金にするために木を伐採したりするなど、人の暮らしの近いところに森があった。昔のように、もっと生活の近くに森を感じるために、子供たちや人を森へ呼び込んでいけるような事業ができたらと思っています。
――課題に対して、会社として取り組んでいきたいことはありますか?
西本 先日、明日香村の「農林商工祭」のイベントに参加したのですが、木育という観点で、木工体験を開き、子供たちに木に触れてもらいました。また、山林所有者が世代交代で山を相続したけれど、どのように管理したら良いかわからず山が荒れていくという現状は奈良だけでなく全国にある課題があります。そういった方達へ向けて、山の扱い方や管理の仕方を伝えることで、森の価値が伝わればと思っています。
中垣 歴史あるこの村を維持していくことは、古墳や史跡といった過去の遺産を守りながらも、人がつくりつづけてきた森を伝えることも大切なこと。当組合は、『古都飛鳥の森を未来へ』というスローガンを掲げていますが、次世代の子供たちにとって、豊かな森であり続けるよう、人と森との関わり方を伝えていけたらと思います。
――最後に、林業に入ってみたいという方に向けてメッセージをお願いします。
西本 正直言って、やめた方が良いと思っています。林業全体で言えることですが、山の仕事は危険ですし、収入面から考えて割に合う仕事ではないと思っています。それでも、僕は続けています。やりがいがあるし、この仕事を続けていて楽しいし、誇りがあるからです。やめておいた方が良いと言われても、やってみたいという方は、一度来られてみてはいかがでしょうか?
明日香村は都市へのアクセスが良く、自然や文化財も多い暮らしやすい場所。でも、そこで山に関わる仕事をするのは、生半可な気持ちではできない。西本さんの話からは、山の仕事の厳しさと同時に、その厳しさを上回る強い意志を感じました。明日香が「日本の心の故郷」と呼ばれ、多くの人に愛され続けてきたのは、この景色を守り続けようとする人たちがつないできた想いがあるから。西本さんらが目指す未来への森づくりは、今の時代に合った、人と森とがつくり出す新しい景色を私たちに見せてくれるような気がします。
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