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現場密着

2022.07.19

女性林業従事者のリアル | 女性ならではの苦労を越え、林業に携わる想いとは

文 :三上由香利
写真:山下陸

林業という仕事は、力仕事も多く、女性が参入するにはハードルが高い印象を持ちます。しかし、黒滝村森林組合には、3名の女性林業従事者が在籍しています。そのうちの1人が、亀尾 ゆいさん。2021年に黒滝村に移住し、地域おこし協力隊の制度を活用して林業に従事しています。それまでは、旅行が好きでさまざまな国を旅してきた亀尾さん。そんな亀尾さんが、なぜ林業に興味を持ち、この仕事を選んだのでしょうか。実際に林業の現場に身を置き、苦労もやりがいも知った今、どんなことを感じているのでしょうか。亀尾さんの話から、女性林業従事者のリアルを感じ取ってください。

インタビュー:亀尾 ゆい(黒滝村森林組合)

現場体験で感じた林業の魅力

――林業従事者になる前は、どのような仕事に就いていましたか?

大学卒業後、空港で外貨の両替を行う仕事に就きました。学生の頃から旅が好きで、バックパックでいろんな国を旅していた経験もあり、外国と接点があるような仕事に就きたいと考えていました。空港の両替所で働くことで日本を訪れた様々な国の方とコミュニケーションが取れると思いこの仕事に就きました。ところがコロナウイルスの影響で、休職を余儀なくされました。次の仕事をどうしようかとネットで探しているときに、偶然、林業の仕事を紹介するホームページが目に留まりました。林業という選択肢はもともとなかったのですが、調べるうちにだんだん興味が湧いてきて、岐阜県で行われている林業体験に行くことにしました。体験では、実際に山に入ってチェーンソーを扱ったり、現場で働く方から林業のリアルな話を聞いたりしました。でも大変さよりも、面白そうだと思う気持ちの方が強かったんですよね。森の中でお弁当を食べたり、自然に囲まれながら寝転がる気持ちよさを知り、陽も当たらず、時の移ろいも感じることのない建物の中で働く仕事よりも、自分には林業の方が合っていると感じたのです。

切り落とした枝葉を集積した場所はベッドのようにふかふかで柔らかく、お昼休憩の際に寝転がるのが亀尾さんのおすすめの過ごし方。

切り落とした枝葉を集積した場所はベッドのようにふかふかで柔らかく、お昼休憩の際に寝転がるのが亀尾さんのおすすめの過ごし方。

自然豊かな黒滝村の景観。

自然豊かな黒滝村の景観。

――なぜ、黒滝村森林組合を選んだのでしょうか?

実はある林業関係の会社見学に行ったとき、男性参加者と比べてあからさまに会社の人の態度が違い、やっぱり女性は受け入れづらいのかなと不安に思うこともありました。しかし黒滝村森林組合は、みんながフレンドリーに話しかけてくれて、ほぼ一目惚れで働きたいと思いました(笑)。既に現場で2名の女性の方が働かれているということもお聞きし、不安を払拭することができました。

女性ならではの悩みや苦労

――実際に現場に立って、不安や悩みを感じた部分はありましたか?

最初は自分のキャパシティが分からず、失敗することもありましたね。私は身長が150cmほどなので、一般的な男性と見ている目線が20~30cmぐらい違います。大きな荷物を受け取るときに、男性にとっては胸の高さでも、私にとっては目の位置に来るからすごく怖い。前もって「これは持てそう?」と聞いてくれますが、実際持ってみないとわからないこともあるんです。デスクワークでも人によって仕事の仕方が違うように、林業でも仕事の取り組み方や考え方は人それぞれ。例えば、私は少しも怪我をしたくないと思うけど、ちょっとの傷ぐらいは当たり前だと思う人もいます。

――それはどのようにして、乗り越えられたのですか?

はっきりと自分の思ったことを伝えるようにしています。体格や体力に差があるので、男性と同じ重さの物は持てないし、スピードも遅い。例えば切った木をダンプに積まないといけない時に、持ち上げられる大きさの物を選んで運ぶとか、自分で持てるサイズに切るとか。自分のできる範囲を理解して動く。それでも無理なら「手伝ってください」と声をかけます。助けを求めても、ここには嫌な顔をするような人はいません。
でも1番最初に入社した女性の先輩は、「女性だから」と扱われたくなくて、絶対にできないと言わなかったそうです。頑張りすぎて、帰ったら家の玄関で眠ってしまうぐらい。だからこそ「きついと思ったら言ってね」といつも声をかけてくれています。先輩の頑張りがあったからこそ「体格や体力に差があっても現場仕事ができるんだ」と認知され、私のポジションがある。道を切り開いてくれた先輩方には、とても感謝しています。

亀尾さんの力では運べないサイズの木を、自分が運べるサイズに切っている様子。

亀尾さんの力では運べないサイズの木を、自分が運べるサイズに切っている様子。

――体格や体力の差は、工夫して取り組んでいるんですね。しかし、現場での生理の日など、なかなか解決できない悩みもあるのではないでしょうか?

生理はとても困りますね。いつ頃来るのか、なんとなく分かっていても、ぴったり何日の何時に来るとまでは分からないじゃないですか。なので、休ませて欲しい時はなるべく業務進行への影響が少ないタイミングで「少し休ませてください」と伝えるようにしています。安全性の面からも、生理に限らず、そして性別に関わらず、体調がすぐれない時は、休みや休憩を取ったり、業務を調整できる環境があります。

――今後、改善してほしい部分はありますか?

チェーンソーや草刈り機など、支給される道具が重いし、作業着などもサイズがなくて探すのにひと苦労です。大きいサイズを着ていたら木に引っかかりやすいし、歩きにくい。私の場合、身長が低いのでキッズサイズを着ることもあります。作業着などは林業に限らず、モノづくりや一次産業で働く女性のためにも改善してほしいですね。

コミュニケーションが仕事の質を左右する

亀尾さんは「特殊伐採」と呼ばれる方法で木を伐採する班に所属しています。建物や電線などが近くにある場所や重機が入れないような狭い敷地内では、根元から一気に木を切り倒すことができないため、この特殊伐採という方法が用いられます。亀尾さんの主な役割は、木の上に登って作業を行う「クライマー」を地上からサポートする「グラウンドワーカー」の仕事。

実際に亀尾さんが働く現場に足を運び、働く姿を見せていただきました。

クライマーの野口さん。

クライマーの野口さん。

クライマーのサポートをしている亀尾さん。

クライマーのサポートをしている亀尾さん。

――亀尾さんが担当されている仕事について教えてください。

民家や神社仏閣などから「木が腐って倒れる危険性がある」「建物にかかってしまっている枝を落としてほしい」などの依頼を受けて対応しています。近くにお墓や電線があると、木を倒す場所が確保できないため、周囲の環境に合わせて伐り方を変えます。基本的には、クライマーがロープを使って木に登り、上から切った枝を1本ずつ降ろしていくというような方法で木を伐採していきます。

私の主な役割は、木に登って作業をするクライマーを地上からサポートすること。クライマーが伐採した木をロープに括り付けるのですが、ロープをコントロールして周囲の物にぶつからないようにスピードを調節して、木を地上まで下ろしていきます。降ろした木はダンプに積み、集積所まで運びます。

クライマーが伐った木は、ロープを使って下ろしグラウンドワーカーが受け取る。

クライマーが伐った木は、ロープを使って下ろしグラウンドワーカーが受け取る。

――こうした技術は、どのようにして身につけられるのですか?

グラウンドワーカーは、ロープの結び方や力加減などを先輩方に教わりながら、現場で覚えていきます。クライマーになる場合は、特別に講習などを受けます。

――どんなことに注意して、仕事に取り組んでいますか?

現場によってはおよそ30mの高さまで木を登って作業を行うため、クライマーとのコミュニケーションが特に大切です。木の枝や葉っぱが茂っている時は、お互いの姿が見えない状態で作業を進めていくので、しっかり声かけを行い、クライマーの状況を把握するようにしています。
木を地上まで降ろす際に、木の重さによってロープを巻く回数を変え、身体に負荷がかかりすぎないようにコントロールしているのですが、下から見ている大きさと実際の大きさが違い、自分でコントロールしきれない重さになってしまうこともあります。幸いまだかすり傷程度で済んでいますが、骨折したり、縫わなきゃいけないほどの大ケガに繋がることもあるので、現場では仲間とのコミュニケーションが非常に重要なんです。ですから周囲に気を配りながら、安全第一で作業をできる人がこの仕事には向いていると思います。

巻き方を変え摩擦力を調整することで、重たい木でも地上まで下ろすことが可能。

巻き方を変え摩擦力を調整することで、重たい木でも地上まで下ろすことが可能。

亀尾さんと一緒にチームを組むリーダーの梶谷哲也さんは、20年ほど前に東京から黒滝村に移住し、林業に従事しています。実は林業の現場に女性を採用したいと進言したのは、梶谷さんなのだそう。梶谷さんにも女性林業従事者についてお伺いしました。

――林業の現場に女性が入ることで、変化はありましたか?

僕たちが見えていない部分に気づいてくれたり、細やかな気遣いだったり、女性ならではの視点が林業の現場に入ることは、とても大きな変化だと思います。男だけだったら力任せにやってしまうことも多い。でも女性の方はそれができないからこそ、道具を使ったり、回数を分けたり…と別の方法を模索します。それは女性だけでなく、どんな人でも安全に仕事に取り組める方法なんですよね。こうした女性の仕事ぶりを見て、僕たちも学ぶところは多く、現場の雰囲気はとてもいい方向へ変わりました。

他の事業者さんの中には「1日にできる仕事の量が減るじゃないか」とおっしゃる方もいますが、うちは女性が入ってから仕事を円滑に回すことができるようになり、それが結果的に安全な作業につながっていっています。力任せに仕事をして身体を痛めるよりも、安全で長期的に働けることの方が、林業界全体にとっても良いことではないでしょうか。ですから僕は、もっと女性が増えるといいなと思っています。

日ごとに増していく林業の魅力

最後に亀尾さんに林業従事者として活動するモチベーションや、今後どのようなことに挑んでいきたいかなど、未来へ向かう想いをお聞きしました。

――仕事でやりがいを感じるのはどんな時ですか?

台風が来たら倒れる恐れのある木を伐採するなど、私たちの仕事は地域の皆さんの生活に関わる仕事でもあるので、やりがいは感じています。以前、神社にある一番大きな木を伐らざるを得ない時があったんです。皆さんが昔から目印にしているような大切な木だと聞いて、伐採後の木を整え、記念品にしたものをお渡ししたらすごく喜んでもらえて。ただ伐るだけだったら、誰のためにやっているのか分からなくなるけれど、「ありがとう」という言葉をもらえることで、また頑張ろうと思えます。

――林業の魅力は、どんなところにあると感じていますか?

仕事とは少し離れるんですが、最近「グリーンウッドワーク」にはまっていて。伐って1ヶ月以内の生木を使って、木工品を作るんです。グリーンウッドワークを始めてから、スプーンを作るための木を見つけるのが日課になりました。今まで、木は伐採するものにしか見てなかったんですが、よく見ると木の種類によって色も模様も一つひとつが違うことに気づけたんです。仕事に直結しないことかもしれないですが、新しいことに挑戦することが今はすごく楽しいです。

生木から製作した木工スプーン。

生木から製作した木工スプーン。

――今後のご自身の展望として、どのようなことをしていきたいですか?

来年、地域おこし協力隊として3年目になり、林業機械を扱う資格を取得したいと思っています。将来的には、林業機械のオペレーターとして木材搬出や作業道作設といった仕事をやりたいと思っています。林業機械の技術を習得すれば、体力や体格差に左右されず、林業を10年、20年と長く続けることができると思うからです。

――林業従事者を目指す女性に向けて、メッセージやアドバイスがあればお願いします。

私が黒滝村森林組合で働きたいと思った理由は、一緒に働く人。給料の多い、少ないよりも「この人は信用できる」と思う人がいるかどうかが大切だと思ったからです。特に特殊伐採の仕事は、チーム間でのコミュニケーションが重要です。気兼ねなく考えを伝えられる関係だからこそ、仕事も円滑に進むし、みんなが安全な環境で仕事に取り組むことができています。ですから、まずは林業体験に参加し、林業がどんな仕事なのか、どんな人たちと一緒に働くのかを知ることから始めてみてください。


取材前は女性が林業に挑むことは、高いハードルがあると思っていました。もちろんそう簡単に誰でもできる仕事ではないのかもしれません。でも、心から林業の仕事や黒滝村での暮らしを楽しむ亀尾さんの言葉を聞き、そのハードルを高いと思うかどうかは人それぞれなのだと感じました。

危険を伴う現場だからこそ、他人の評価軸ではなく、自分の幸福の軸を持つことが大事なのかも知れません。亀尾さんの言うように、どんな仕事も同じ。「女性だから」「何歳だから」と誰かからの評価ばかりじゃない価値が、林業の世界にはあるような気がしています。もしかしたら、あなたにとって林業が天職と呼べる仕事になるかもしれません。

Profile

企業名:黒滝村森林組合
所在地:奈良県吉野郡黒滝村寺戸154
電話番号:0747-62-2124
URL:https://www.k-shinrin.jp/