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移住者インタビュー

2022.11.24

森遊びが教えてくれる。林業のこれからを担う人へのメッセージ

文・写真:都甲ユウタ

よく晴れた日、大きく枝を張った広葉樹は、ほどよく日差しを遮り、影を落としています。その太い枝の股にはカラフルなロープがいくつも通されていて、小さな子どもでも簡単に掴めるところで揺れています。「登りたい!」と次々に子どもたちが集まってきて、がっちりとしたハーネスに本格的なヘルメットを装着。あっという間に見上げるほどの高さへ登っていきます。

この日開催された「森のようちえん × 森あそび in 甘樫丘」にて、木登り体験のレクチャーをされていたのは岡﨑 裕二さん。岡﨑さんは黒滝村森林組合の中でも樹上での作業を専門とする「skyteam(スカイチーム)」を率いる特殊伐採のスペシャリストです。日々の業務で得た知識と経験は、プライベートの活動として休日に開催されるイベントにも活かされています。岡﨑さんは、ロープを使った木登りの仕組みを丁寧に説明された後は、見守ることに徹し、登っている途中のヘルプに応える以外、何かを教えることはありません。そこには林業従事者としての後世へのメッセージや社会への想いがありました。

インタビュー:岡﨑 裕二(黒滝村森林組合)

黒滝村で始めた林業のこと、森遊びイベントがもたらすもの

当時26歳で黒滝村に移住して今までの22年間、岡﨑さんは黒滝村森林組合で林業に従事しています。森林組合とは森林の所有者(山主)が出資して、その森林の保全と施業(作業道開設や間伐等)を協同で行うことを目的とした団体です。

――ご出身と黒滝村に来た経緯を教えてくさい。
岡山県で生まれ、親の仕事の関係で岡山県内、東大阪、広島を転々として、中学校2年生の時、奈良県に来ました。大学では英語を勉強して、卒業後はホテルに4年間勤めました。仕事は嫌いじゃなかったけど、働いて遊ぶ毎日を続けていく人生を想像したとき納得できなくなった。5年10年後もずっとこんな感じかと考えたときに、そうなりたいとは思えなかったんです。そこで緑や自然のある場所に行きたいなと思い、次の職を探し始めました。山に興味も熱い想いもなく、仕事も林業でなくてもよかったくらいです。色んな職種を探す中、奈良県で林業への就業を斡旋してくれる組織があって、とりあえず登録だけしたんです。3ヶ月くらい経って、黒滝村で森林組合の募集があると連絡があったことをきっかけに、黒滝村森林組合に入社しました。

――暮らしや仕事はすぐに馴染めましたか?
僕が入る前に、既に5人Iターンで来られていました。縁もゆかりもない人たちが村で暮らし、受け入れてもらっている姿を見て、ここなら自分でも続けられるのではと思いました。その中で最初にIターンで来た人がまだ働いているとのことでお会いしました。その方は今もいます。先駆者的存在というか。その方が親切に面倒を見てくださったおかげで、何もわからなかった自分でも仕事はもちろん、村で暮らしていくことにも安心できました。黒滝村森林組合で働き始めた頃は、言われたことをこなす日々でした。10年ほどは植林の後の草刈りばかり。手に鎌(かま)を持ち、10ha(東京ドーム約2個分)の土地を刈ったりしていました。1か月で鎌を研ぐ砥石(といし)が無くなるくらい大変な日々でしたが、当時植林された木が現在かなり太くなっていて、それを目の当たりにするととてもやりがいを感じます。

プライベートの活動である森遊びイベントについて

「森のようちえん × 森あそび」は、特殊伐採で得た技術を活かし木登り体験の活動をしてきた岡﨑さんと、お母さん向けイベント「森のようちえん」を主催するパートナーである岡﨑しのぶさんが共催しているイベントです。
子どもたちは自然の中で自由に遊び、大人もリラックスして子どもたちを見守っている。そんなのんびりとした空間をお二人は作り出していました。

岡﨑裕二さん(左)とパートナーの岡﨑しのぶさん(右)。

――どのようにして森遊びイベントを開催することになったのでしょうか?
最初はプライベートで自分の子どもに木登り体験をさせていました。そのうち近所の子どもたちも誘って一緒に登らせるようになり、どんどん楽しくなっていきました。その後、黒滝村で毎年開催される「サマーフェスティバル inくろたき」という夏祭りの会場で木登りイベントをやらせてくれないかと村に交渉し、実現しました。すると、子どもたちはもちろん、大人や村外からたくさんの方が来てくれたんです。そうして身近な場所から村外へと、様々な場所で開催できるようになりました。

これまで主催したイベント回数は十数回。
天川村洞川、上牧町、明日香村石舞台、奈良県外の様々な場所でも行なってきた。
今回の明日香村での開催は2回目。

――これまでのイベントで印象的なエピソードを教えてください。
さっきまで怖がっていた子が、コツを掴むとスルスルと登っていく。逆に、アドバイスしていたお父さんがいざやってみるとできなかったりね(笑)。子供も大人も関係なく森と触れ合い、楽しんでいる姿を見るとやりがいを感じます。また、このイベントの想いに共感してくれた同僚が、ボランティアにも関わらず進んで手伝いに来てくれることが本当に嬉しいですね。決して自分1人の力ではイベントは成り立たないと思っています。協力してくれる仲間がいるからこそ、自然の魅力、森の魅力、木の魅力をこのような形で伝えられています。

親子でお互いに登り方をアドバイスし合う。
その時だけは親子というより友達のようだ。

終着点には鈴が設置されていて、鳴らして到着を知らせる。

参加者として遊びにきていた同僚の吉村さんも、自然とお手伝いをされていた姿が印象的だった。

――サイズも様々な装備品や遊び道具を揃えるのは大変ではないですか?
森遊びイベントで使っているハーネスやヘルメットなどの道具は私物なんです。実は仕事とは別に個人的な活動として、特殊伐採で使う「スカイフィッシュ」という道具を作って販売していて、その売り上げを森遊びイベントの道具を揃える費用にしています。仕事で個人的に必要だから作った道具で、森遊びイベントが出来ているんです。スカイフィッシュは海外の特殊伐採コミュニティーのサイトでありがたいことにたくさん売れたのですが、その際に大学で学んだ英語が活きましたね。

岡﨑さんが考案し販売している「スカイフィッシュ」。
高い木の枝にロープをかけ、手繰り寄せる際に、先端が樹皮などに引っかかることを防止する。
今までに海外で150本、日本ではそれを超えて売れるほど、人気の商品だそう。

スカイフィッシュの売り上げで揃えられた木登り体験のための道具。

スラックラインも設置されていました。

木に吊り下げられたハンモックテントではしゃぐ子どもたち。

――イベントを通して伝えたいこと、そしてこれからの展望を教えてくだい。
子どもたちに上から物事を教えるということに違和感を感じています。子どもたちは体験を通してちゃんと自分たちで見て感じています。今日のイベントでも、じーっとして何もしない子がいるんです。でもその子の中では見て感じて楽しんでいる。表現の違いだけなんです。いわゆる学校の勉強とは違って、子どもたちそれぞれの方法でただ楽しんでくれたらいいかなと。子どもは小さなケガを気にせず遊んでほしい。親は子をこちらに任せてゆっくりして、親も子もみんなが楽しんでくれたら嬉しいですね。

パートナーの岡﨑しのぶさんにも、お話しを伺いました。
お母さん自身がリラックスして緩んでもらったり、お父さんが夢中になって遊んだり。このイベントはそんな姿を自然と作りだせているかなと思っています。
普段はママ向けのイベントを開催しているのですが、女性や子どもは、弱い立場で守ってもらったりケアされるだけではなく、ママそのものにポテンシャルがあると思っています。ママさん自身が持っている興味や特技を活かして、精神的にも経済的にも自立していけたらいんじゃないかなと思っています。

ご自身の子育ての苦労を、笑って振り返ってくれました。

木陰でハンモックに揺られる非日常体験ができる。

特殊伐採を仕事にすること、そこで育つ後進への想い

木を根本から伐り倒す地上での伐採に比べ、特殊伐採は、樹上など高所での作業が主になります。住宅街や神社の境内など伐り倒すスペースがない場所では、太く張り出した枝などを切って、ロープで降ろす必要があり、文字通り特殊な技術と道具が必要な専門的伐採技術です。
岡﨑さんは現在、森林組合の中にある特殊伐採チーム「skyteam(スカイチーム)」にて仕事を行っています。
skyteamは岡﨑さんと森林組合の同僚である梶谷哲也さんの二人で結成されました。黒滝村では前例のない特殊伐採。もちろん需要も認知もない中で、仕事として成立させるために開拓してきた道のりは、決して平坦なものでありませんでした。

他の事業体で断られた難易度の高い案件を、最終的にskyteamが引き受けるということも増えている。

――特殊伐採チーム「skyteam」の発足から今までを教えてください。
2010年に僕の先輩、梶谷さんと一緒になって、誰に頼まれた訳でもなく勝手に始めたんです。当時から高所での作業はあって、ハシゴをかけて胴綱と呼ばれるロープ一本を頼りに、危険を冒しながらやっていました。その頃欧米では樹上伐採の技術が確立していることを知り、その講習会が長野県で開催されていて参加することにしました。しかし当時は、特殊伐採を必要とする現場が黒滝村森林組合には無かったことから講習費も宿泊費も自腹でした。それでも僕と梶谷は特殊伐採の技術を習得したいと思い、講習でちゃんとした道具の使い方とメソッドを学びました。それからは特殊伐採の仕事を請け負えるよう、様々なメディアに声をかけたり、チラシを作って雨の日にポスティングしたりしました。どんな仕事でもするから、という思いです。休みの日は、相方とものすごく練習しました。1人が木に登って目印をつけてくる。すると、付けて来たよと報告があるんです。それを頑張って取りにいく。そんな練習をしていました。仕事として認めてもらうには、仕事で示さないといけないというのはわかっていましたから、自分達で仕事を取ってきて、おれらならできる、やらせてくれ、絶対大丈夫だからと説得する。その積み重ねですよね。少しずつですが仕事をしていくことで、組合に作業のお礼電話をいただくようになったんです。「ようやってくれた。すごいな!」と。次第に組合からも認められるようになっていきました。ついには、裏の木を伐ってくれと、組合の人から依頼がありました。「お前らできるか?やってくれ」skyteamの存在意義を実力で証明した瞬間でした。今ではものすごく協力してくれています。

当初、年間2〜3件だった依頼件数も、今では1チーム3人の2チーム体制でフル稼働するほどに。
その他、講師業などの依頼も増えている。

――skyteamだからこそできるお仕事もあるそうですね。
屋外で開催されたアートイベントにて、大きな作品をロープで吊り上げて完成させる仕事がありました。特殊伐採のノウハウがそのまま活きました。模型を作ってシュミレーションして試行錯誤して。本当に楽しかったです。

森の中に高さ10m近い布で出来たアート作品が現れた。

模型を使ってのシュミレーション。
暴風の日は吊り上げた作品を降ろしたい、という要件もクリアした。

――作業をする上で、気をつけていることやこだわりはありますか?
調査や下見の段階で、依頼をいただいた施主さんに対して「ここは伐らなくても良いのでは?」という提案をすることがあります。言われたままに伐るのではなく「施主さんはなぜ伐ろうとしているのか?」というのを考えておかないと、ただの伐採屋になってしまう。例えば「ここ伐ってしまうとそこから枯れてしまいますよ」とか「バランスが変わって樹形が乱れますよ」と、人の想いと木のことを考えて仕事をしています。登れるから、伐れるからといって、なんでもかんでもやればいい訳じゃない。あくまでも伐採は手段であり方法の1つなんです。

――新人の方を教育される際に大切にしていることを教えてください。
木の伐り方を、手取り足取り教えることは簡単です。伐るだけなら上手くもなりますが、それでは伐採で起こるトラブルに対応できません。なので、まずは「どう伐りたいか」を自身で考えてもらいます。物を壊さない、ケガをしない範囲に限りますが、多少の失敗はあってもいいので伐ってもらう。考えて失敗した経験が今後、木を伐る上での適切な体の向きや、伐った木がどのように倒れるかの予測に繋がっていきます。

――それは安全に関わることでもあるのですね。
危険予測は自分を含め仲間を守ることに直結しています。ある日、入社して4ヶ月の社員が、一度チェーンソーが当たって破れたズボンを履いて来たんです。新しいズボンは持っているけどまだ履けるからという理由でした。破れた防護ズボンは、洗濯することで中の繊維がずれてしまい、その役目を果たさない場合があることを説明し、いかに危険なことなのかをわかってもらいます。事故の予防をすることが、最大且つ最も簡単なレスキューだと心得ています。

後進の人材育成はもちろん、村で暮らすことに戸惑いを感じる人への心配りもされている。

捨てられる木のこれからと、山との関わり方

伐採された木は多くの場合、市場や製材所に運ばれるか、バイオマス発電のための原料になります。しかし、昨今の木材価格の下落や人手不足により、採算が合わず、伐採した木をその場に放置するしかない、といった状況も出てきています。岡﨑さんは、林業に携わるようになってすぐの頃から、現場で木が捨てられていることに疑問を持たれていました。「この状況はなぜ起きているのだろうか。このままでいいものなのか。」この疑問の解決策の1つとして「捨てられてしまう木の活用」が始まりました。

――捨てられてしまう木はどんな活用方法があるのでしょうか?
捨てられしまう木であっても、施主さんの想いのある木なので、それを持ち帰らせてもらって、スプーンを作ったり、使わなかったものは乾燥させて薪にしています。また、我が家は薪ストーブを使っているので燃料として活用したり、組合では黒滝村の旧中学校を使って木工なども行っています。僕らが日常で伐っている木の中には、木工作家さんにとっては珍しく手に入らない木材もあったりするので、積極的に提供しています。ただ捨てられるだけの木に次の命が吹き込まれると嬉しいですね。完成した木工品のひとつひとつの表情が違って、とても良いんですよ。それが黒滝村の宣伝にもなっています。

放置されるだけの木に新しい命が吹き込まれる。

――捨てられてしまう木の活用はこれからの林業の一つの形とも思えます。
手間隙かけて搬出した木も、市場の調査なしでは売れるかどうかわからない。売れないのであれば「売れるものは何か」を知る必要があります。例えば、森遊びイベントに来てくれるご家族は、僕ら林業従事者にとってのエンドユーザーなんです。木を使う人がどんなものに興味があるのかを知ることは、とても重要だと思います。それはお箸かもしれないし、キャンプのトーチかもしれない。ヒノキの葉っぱが欲しいというのであれば、葉っぱを売ればよい。林業ってそのくらい、すごく広いものだと思うんです。林業全体でユーザーのニーズを把握しないと、せっかく伐った木も消費者のところには届きません。だからこそ、森遊びイベントのような林業従事者とエンドユーザーが関わるきっかけを作ることが今後必要不可欠だと思います。

林業の川下には木を使う一般家庭の人たちがいるが、お互い出会う機会が少ない。

伐採現場に学生を呼んでの林業体験。

――これからを担う、未来の林業従事者はどんな方が向いているのでしょうか?
誰にでも可能性があります。体力がなくても、スロースターターでも良い。今、林業は変革期に突入しています。単なる労働力としてだけではなく、ユニークな人こそが必要とされるフェーズに入っています。例えば現在、黒滝村森林組合には3人の女性林業従事者がいますが、男女は関係ないですね。すごく良いことだと思います。もともと腕力でのハンデを理解しているので、最初からそれを補うにはどうしたらいいかを常に考えている。機械の扱いも上手です。

――どのような人と一緒に働きたいですか?
僕たちが10年15年後に登れなくなったときのことを考え、この先長く現場で活躍できる20代の若い方が来てくれると一番嬉しいですね。特殊伐採は誰でもできる簡単なことではありません。もし特殊伐採をやりたいのであれば、自腹で道具を買ってでもやりたいから教えてほしい、というくらいの熱意と覚悟がある人が向いていると思います。実は最近、そんな子が現れたので揃えるべき道具や技術を伝えています。たとえ自分で買った道具でも、実際の施業で必要になった道具は、伐採の費用とは別に、道具の費用も請求に載せています。これは僕たちの仕事を施主の方に見てもらい、交渉し納得していただいたからこそのものなんです。講習に行く時も自腹ではなく仕事として行けるようにしています。僕らが特殊伐採を始めた頃に経験した苦労はしなくてもいい環境に変わってきています。

――林業に従事することを目指す方へのメッセージをお願いします。
200年の木を伐って高く売れたとしても、それは決して伐った人だけの功績ではなく、枝を打って育て、残してくれた先人がいたからこそできることなんです。伐るのは一瞬ですが、ずっと昔から育てられ、継承されてきた。その最後にいま自分たちが伐らせてもらっている。Iターンで来られていた先輩方が初年度から僕のことをとても気にかけてくれました。本当にお世話になりました。僕はその恩を先送りとして次の世代の人に返す。それが僕のできることです。それはまさに、一本の木を我が子のように代々育て、継承してきた林業と共通するところだと考えています。これからの人たちも、僕に恩は返さなくていいので、後輩ができた時に恩を継承していってほしいです。社会が良くなる方法はそれしかないと思っています。まずは、こうあるべきなんて考えずにそのままの自分で来てほしい。そういう人こそ林業の未来を変えられる存在になるんです。


知らない土地で、知らないことを仕事にして、知らない人に認めてもらう。一筋縄ではいかないであろう困難も、応援してくれる周囲の人々の存在を糧に、精一杯の工夫と努力で切り拓いてこられた岡﨑さん。何も強制せず、森遊びに夢中な子どもたちを見つめる姿は、岡﨑さんの背中を追って林業に邁進する後進への眼差しと同じなんだと、お話を聞く中で実感しました。誰に言われる訳でもなく特殊伐採を研究し木に登る、その中で出会った捨てられた木に新たな命を吹き込む、自分の経験した苦労を次世代の働きやすさに繋げることを嬉しそうに語る。その姿はまさに岡﨑さんご自身が、森遊びの真っ最中だということ。まだまだ続く森遊びにみなさんも参加してみませんか?

Profile

企業名:黒滝村森林組合
所在地:奈良県吉野郡黒滝村寺戸154
電話番号:0747-62-2124
URL:https://www.k-shinrin.jp/