FOLLOW US

現場密着

2025.02.28

女性が長く林業をするために必要なこと。葛藤と努力の日々からたどり着いた働き方。

文・写真:都甲ユウタ

林業従事者と聞いて、斧を担いだ屈強かつ荒々しい男たちを想像することも少数派になってきているかもしれませんが、それよりも⼥性の姿を思い浮かべることは少ないような気がします。奈良県東吉野村にある「POLOの森 おおかみ舎」で働く辻本奏美さんはそんなイメージを軽やかに⾶び越え、柔和な笑顔で出迎えてくれました。辻本さん以外の従業員の⽅々はみな男性。⼥性として林業に従事することの可能性とやりがいについてお話をうかがいました。

インタビュー:辻本奏美(ポロ・ビーシーエス株式会社)

荒れてゆく山林を守りたい。林業を知るための日々と葛藤

――辻本さんはもともと吉野のご出⾝ですか?
奈良県⾹芝(かしば)市※1出⾝です。今は奈良県桜井市※2から通っています。

※1:奈良県⾹芝市:奈良県中⻄部に位置する市。

※2:奈良県桜井市:おおかみ舎まで⾞で40分程度の奈良県中部、中和地域に位置する市。

――どのような経緯で、今の仕事に興味を持ったのでしょうか?
もともと⾃然が好きで、⼤学でも農学部で⾥⼭の⽣態系に関する分野を学んでいました。⼈の⼿が⼊ることで維持されてきた⾥⼭も、⼈の⼿が⼊らなくなると荒れてしまうということを学び、⼩さい頃から⾃然に囲まれた⽣活をしていて、実際に⼭が荒れていく様を⾒ていたこともありなんとかできたらいいなと。ぼんやりと⼭に関わる仕事がしてみたいと考えていました。そんなとき、たまたま学校に森林の仕事ガイダンスのポスターが貼ってあって。興味本位で参加したことで、⾊んな先輩林業従事者などの話を聞けたり吉野の林業地をツアーで回ったりと、徐々に林業を知るようになりました。⾥⼭は⼈が⼊らなくなったら荒れる、木材生産のために⼈が作った⼈⼯林はなおさら誰かが⼿をかけて守らないといけないと感じたことで、林業って必要な仕事じゃないのかなって思ったんです。

現在、辻本さんも間伐を担当している社有林。光が入り森が明るい。

重機を操り、次々と木材を集材していく。

集めた木材はトラックで搬出していく。現場に機械が導入されているかどうかも働き方に大きく関わる。

――⼥性林業従事者はまだまだ⼈数が少ないのが現状ですが、今のお仕事に就職する上で、苦労した点などがあれば教えてください。
林業体験や見学ツアーに参加して、よく耳にした言葉が「現場を知らなあかん。実際現場に来てやってみなわかるわけない。」というものでした。就職先として林野庁や県職員も考えていましたが、そんな話を行く先々で聞くので現場経験を積むことは大切なんだと感じ、そこから現場を⽬指すようになりました。現場職は人手不足も深刻化しているので、現場ができるようになれば貢献もでき、働きがいもあるのではないかなと。しかし、ガイダンスに参加した時点で、⼥性なら事務職はあるけど、現場は・・・というちょっとネガティブな反応ばかりでした。

――ネガティブな反応をどうやって乗り越えましたか?
就活に向けて情報収集する中で、どこに⾏っても⼥性だと否定的に思われることがほとんどで。私のこれまでの活動経験や何か会話をしたわけでもなく、ただ見た目・性別だけで無理だと判断され、こんなにも相⼿にされないものかと驚きました。そう思ったのですぐに、県外で活躍されている⼥性林業従事者の⽅に連絡をし、会いに⾏きました。最初は兵庫県、そのあと京都府、石川県、鳥取県、大阪府、島根県等とご縁があり話を聞きつつ、チェーンソーの資格を取ったり、森林ボランティアで作業したり。⼀⽇の体験だと分からないことばかりだったので、インターンシップに申込んで、在学中に週⼀で通わせてもらいました。ちなみにそのインターン先がここポロ・ビーシーエス株式会社だったんです。⼟⽇のほとんどを使って情報を集めていましたね。そんな情報収集してるなかで⿊滝村森林組合の梶⾕さんと出会ったのですが、村で地域おこし協⼒隊を林業で募集してるからおいでよ、と声をかけてくださいました。2021年まで⿊滝村森林組合でお世話になり、2022年からポロ・ビーシーエス株式会社に⼊社しました。

辻本さんが働いているポロ・ビーシーエス株式会社の工房「POLOの森 おおかみ舎」。

現場での仕事内容とそれ以外の業務について

――普段の仕事内容を教えてください。
現場の作業としては⼭に道をつける作業道の作設や、間伐、重機を使っての造材や搬出などを⾏います。おおかみ舎の⼯房では、⽊⼯品の制作や薪づくりに製材、ヒノキのくず等からアロマオイルの抽出や蒸留などさまざまです。

※過去記事紹介
作業道作設についてはこちら
ポロ・ビーシーエス株式会社の会社紹介はこちら

――現場作業が多いのでしょうか?
もちろん現場が主なのですが、現場以外に申請業務と、申請に必要な測量や調査もやっています。密度調査というのですが、毎年社有林の⽊の直径を測って、成⻑量がどのくらいかを記録し、⽊と⽊の密度から間伐の時期や⽊を伐る量を判断するんです。

――現場以外の仕事をすることに抵抗はなかったですか?
どうしても男性に比べると体力がないため生涯ずっと現場仕事だけをやっていくのは難しいのではないかなと考えていました。そんな中、現場だけではない、林業の関わり方があると知ったので、抵抗は全くなくむしろ新しいことを覚えられることが楽しいです。

――そのような仕事はどのようにして覚えていきましたか?
密度調査をずっとしてくださっていた先⽣がいたのですが、亡くなられて。先⽣は全国で調査や森林づくりの指導をされていて、学生の頃から調査のお⼿伝いをしていた経験がありました。当時はあくまで⼿伝いなので調査結果から何が導かれ、どう活⽤するかまでは話は聞いていても本格的には教わっていなかったんです。中途半端に宙ぶらりんにしておくのも嫌だったので、それを⾃分が引き継いで毎年調査しています。先生の話を思い出しながら根気よく続けていくこと、調査結果のまとめまで自分で実際作ってみることで、今まで理解できていなかったことも徐々に分かるようになってきている気がします。申請業務や測量についても、詳しい人に教わりに行って実際に自分でやるを繰り返して徐々に覚えていっています。

密度調査や樹高を計測するための道具の数々。

樹高を測る辻本さん。「樹高測定専用の機器があるのですが、高価なんですよね。こんな方法は誰もやっていないかも(笑)」とのこと。

――仕事を⾏う上で気をつけていることはありますか?
なんせ⾜⼿まといにならないように、スムーズに作業を進められるようにということを考えています。多少の経験を積んできた今でもです。ちょっとの無駄も作りたくない。⼀緒に作業してる⼈が次どう動くか、それに必要な道具があるなら、すぐにどうぞって渡せるように先回りしておく。⼿術のオペじゃないけど予測して先回りした⾏動を⼼がけていますね。本当に最初の頃は⾃分だけの作業⽇報を書いていました。今⽇⼀⽇はこんな流れで、こんな⼿順で、誰々さんはこんなことをしていた、みたいなことを。嘆きや弱⾳も⼀緒に書いてあるので絶対に⾒せられません(笑)

あらゆる場合に備え、自家用車にも仕事道具が収められている。

女性ならではの苦労や悩み、男性中心の環境で働くということ

――男性と⼀緒に作業することが多いかと思いますが、苦労する点はありますか?
仕事を始めた当時は、男性の80%の体⼒は私の120%の体⼒と同じだと思っていました。⾜⼿まといにならないようにと120%で仕事をやり続けていたら、⼟⽇の休⽇に体⼒が回復しなくなったんです。だからといって、もうしんどいですと⾔ってしまうと「ほらな、無理やろ?」と思われるんじゃないかと不安で⾔えませんでしたね。

――悩みなどを相談できるのでしょうか?
ある程度のことは相談できるでしょうけど ちょっと踏み込んだ、⼥性としての相談をしていいものかこっちも分からない。就活時に体験した、「⼥性・・・?」みたいな、⼥性をどう扱ったらいいの?という空気がやっぱりずっと⼼に残っているんです。ただ実際の現場はそんなことないですよ!ポロ・ビーシーエス株式会社の⽅々ももちろんですが、前の職場の⿊滝村森林組合の⼈たちも関係者も、辞めた今でも変わらず良くしてくれます。本当に有り難いと思っています。当時は弱⾳を吐いて周囲を困惑させることを思うと「⼤丈夫です。」となってしまう。もう意地ですね。「だから⼥性は」という結論に⾄るのがなんせ嫌だったんです。

――不安な気持ちはどのようにして乗り越えたのでしょう?
そんなとき⼥性の後輩が⼊社してきたのですが、彼⼥は無理だったら無理ですと⾔う⼈でした。あ、⾔ってもいいんだと気楽になれたんです。そこから私も無理なときには「すみません、無理です。」と⾔えるようになり、⼥性ならではの不安は払拭できました。今までは不安だと思ったらダメだと、迷惑かけないようにと必死になっていました。でも今はその不安にも慣れました。不安な気持ちに慣れたんです。

――林業現場でのトイレ問題について、どのように対処されていますか?
県外の⼥性の⽅々の話を聞いた時に「我慢しすぎて膀胱炎になった。」と仰っていました。だから我慢は絶対ダメと⾔われ続けてきたんです。ただ、かといって黙ってトイレに⾏くと「どこ⾏ったのか?」となる。戻ってきた後に「あ、トイレに⾏ってました。」と答えて微妙な空気になることが反対に恥ずかしかったので、敢えて「トイレに⾏ってきます。」と伝えるようにしています。仮設トイレを作るかという話もあったのですが、現場ごとに設置するのも⼤変ですし、明らかにそこで⽤を⾜していると分かってしまう⽅がちょっと嫌ですね。私はあまり抵抗がなくて、こういうもんだなと割り切っています。

――男性が多い職場環境だと思いますが、環境としてはいかがですか?
よく聞かれますが、男性側も男ばかりのところに女性が入ってきて気まずかったりやりにくいと思っているかもしれません。価値観の違い等ありますが、でもそれは性別どうこうではなく結局はコミュニケーションだと思います。お互いの関係値ができるまでは私も意識的に話すようにしていましたし、冗談や何でも話してくれるくらい打ち解けられれば男性が多い職場環境でも関係ないのではないでしょうか。また、世代が若くなっていくほど「性別の差」についてそもそも意識しなくなっている気がします。「男だから…女だから…」という考え方はなく、同業者の一人として話をし、作業も同じようにして向き不向きがあれば役割分担をする。そんな環境であれば男性ばかりでも問題はないのかと思います。といいつつ、女性が恋しくなることは多々ありますよ(笑)

――満⾜している部分もそうでない部分も含めて何かあれば教えてください。
林業あるあるだとは思うですが、次の⽇の作業内容や場所が、当⽇集まってから決まることがあります。朝集まって「今⽇は伐採作業だ。」とか、「チェンソー使ってね。」と急に⾔われたときに、装備を持ってきていなかったら困りますよね。会社に全ての装備を置いているわけでもないですし。服装も、おおかみ舎で作業する時の服装と、⼭に⼊って現場で作業する時の服装では違うんです。だから、ある程度事前に決めておいてほしいというのはあります。とはいえ最近は、⾃分で作業の段取りを考えて準備できる状態になってきました。完全に⾃分のペースで組み⽴てられこともあるで、あまり不満でもないですね。

やりがいを感じる時、そしてこれからの展望

――仕事でやりがいを感じるのはどんな時ですか?
荒れていた⼭が、何ヶ⽉も現場に⼊って作業を続けることで光が⼊り明るくなり、綺麗になったときの達成感はすごいです。以前現場作業だけをしていた頃は、それだけで終わりだったのですが、今では社有林に隣接する個⼈所有者さんの⼭を通る場合の交渉や契約書類の準備や補助⾦の申請業務など、現場に⼊るまでの⼀連の過程にも携わるようになりました。それを通じて、林業にもこんなに仕事の種類があるんだと知り、新しい知識や業務を学んで、できることが少しずつですが増えていくこともやりがいに繋がっています。また、それを期限内にスムーズに終わらせることができたときは達成感もまた⼤きいですね。

――今後のご⾃⾝の展望として、どのようなことをしていきたいですか?
やれることをどんどん増やしていって、⽳埋め役になりたいなと思うんです。ある作業をダントツにできるというより、広く浅くオールマイティーに活躍できる⼈間になって「今ここがちょっと⾜りない。」という時にわざわざ教えてもらわなくても、やります、と⾔えるようになりたい。それが⼀番⻑く続けられる働き⽅かなと思っています。男性のように⽣涯現役とはいかないので、やりたいことを早く達成しようと、休みの時間を割いちゃうこともあります。学⽣の頃の⼟⽇すべてを使って情報集収をしていた癖が抜けないだけですね。自分の能力だとそれぐらいしないと男性に並べない、対等に⾒てくれないんじゃないかと。考えすぎかもしれませんが、ここで頑張っておけば何かしら役に立つかもしれないし、将来的にはもう少し余裕のあるワークライフバランスができるかもしれない。有望な人が現れたときに余計な苦労をすることなく活躍してもらえるかもしれないという思いが原動⼒の源になっています。

――どのような⼥性が林業に向いていると感じますか?
なんだかんだ⾔っても、忍耐⼒は必要だと思います。自分自身がしんどいと感じるところからあともう1歩ひと踏ん張りできる忍耐⼒がある⼈なら、続けていけると思います。⼀⽇の仕事の中で、ただ受け⾝でいるのではなく、⾃分は何ができて何ができないのかを知り、それをカバーするために何が必要なのかを考えられる⼈が向いていると思います。もちろん、最初は何もわからないのが当たり前です。それでも⾃分で考え、⾏動できる⼈は向いていると思います。今は「何をしたらいいですか?」と先輩に聞いても「⾒て覚えろ!」なんて⾔う⼈はいません。聞けばちゃんと教えてくださるので、指⽰を待っているだけの⼈よりも「次は何をしたらいいですか?」と積極的に聞ける⼈がどんどん成⻑すると思っています。聞かれる側も適切に答えられるか鍛えられますしね。そこには性別も年齢も関係ないです。⼥性も男性も内容は違っても同じように活躍できます。

――林業家を⽬指す⼥性(サイトを⾒る⼈)に向けて、メッセージやアドバイスがあればお願いします。
例えば、⼥性林業従事者の中で、定年まで現場仕事をした⽅や10年20年働いたという⽅をまだあまり聞いたことがなくて。この業界で働き続けるなら現場作業だけでなく、現場プラスアルファの業務を作ることができれば、さらに⼥性が活躍しやすい環境になると思っています。私がそういう事例になるという⼤それたことはできないですけど、こんなやり⽅で働いている⼈間もいるよという感じで聞いてもらえればと思います。私もまだまだ⽇々挑戦中ですが、実際やってみないとわからないことの方が多いです。なので、林業を目指すのであればまずは体験して働いている人から直接話を聞くのが一番です。林業情報誌やSNSでも森林・林業に関するイベント情報が増えてきているので、ぜひ検索して体験しに来てください!


大好きな自然が壊れていくことを止めたい。その想いを胸に飛び込んだ、林業という男性中心の職業。彼らに並ぼうと一生懸命だった辻本さんだからこそ実感した、女性では並ぶことが難しい体力や腕力の差。できないことを知ることで、おのずと長く働くためにはどうすればいいかという考え方に変わっていきます。長く働くことができれば、長く自然に関わることができる。辻本さんを突き動かす自然を守りたいという気持ちは、女性が林業に従事する新しい道を示すきっかけになっているのかもしれません。

Profile

企業名:ポロ・ビーシーエス株式会社
所在地:奈良県吉野郡東吉野村平野1315-1
電話番号:0746-44-0999
URL:https://www.polo.co.jp/pages/about-polo

<