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現場密着

2023.05.10

ヘリコプター集材の仕事現場に密着

文:さとう未知子
写真:山下陸

山の中に横たわる樹齢何百年という木を相手に、職人たちが手際良く作業を進めていく。1分1秒も無駄にしないという気迫と、無駄のない動き。次々にワイヤーが張られ、操縦者に合図が送られると、そこに体をゆらすような振動でヘリコプターが近づいてくる。ワイヤーがヘリコプターにつながると、人の何倍もの大きさの木の幹が宙に揺れた。そのまま垂直に木々の間をぬって、吉野杉の大木は上空へと運ばれていく。

それはほんの数秒のような出来事で、私たちは息を飲んでその様子を見つめていました。取材に訪れたのは、ウッドバンク有限責任事業組合(以下、ウッドバンク)によるヘリコプター集材の現場。ウッドバンクは長年林業に携わってきたスペシャリストたちが中心となり、林業の技術やノウハウを伝承する人材育成のために設立されました。主に、神社仏閣などの建築材料に使用されるような銘木・大径木を伐採し、ヘリコプターや重機などを使って市場に出す業務を行います。今回は、都会暮らしから奈良に移住してウッドバンクで働く、佐々木 幸一さんからヘリコプター集材の仕事について、また林業で働く魅力とリアルについてお話を伺いました。

インタビュー:佐々木 幸一さん(ウッドバンク有限責任事業組合)

警察官から、林業へ転身。佐々木さんが携わる山の仕事の数々

朝8時、山の中の作業場にウッドバンクのメンバーが集合し、その日の作業工程の確認を行います。安全に気をつけながら、どのように効率よく仕事を進められるか。みんなで話し合い、それから仕事に取り掛かります。「自然相手だと正解がない。それが林業の醍醐味で面白いところ」と佐々木さんは言います。

佐々木 幸一さん。

――佐々木さんはどのような経緯で今の仕事に就くようになったのでしょうか?
愛媛県出身で、大学で東京に出てから警察官として働き、神奈川県藤沢市で暮らしていました。こちらに来る理由のひとつには、子供と過ごす時間が欲しいと思ったからです。山での仕事はゆったりしているイメージがありスローライフを求め、林業に興味を持ちました。林業就業支援講習という1ヶ月間のコースがあり、日程が合ったのが奈良県でした。その講習の間に就職説明会があり、そのときにウッドバンクを知り、こちらで働くことを決めました。

――1年を通して業務内容はどのようなことを行うのですか?
メインは「素材生産」と言われる、木を伐り、売るために出材する業務になります。繁忙期が10月頃から3月頃まで。それ以外は、下草を刈ったり、切り捨て間伐をしたり、木が成長するのに光がしっかり当たるよう、山を手入れする業務を行います。その間も出材しますが、繁忙期ほどの数はないですね。また、ウッドバンクという組織自体が木を伐って出材し利益を出すだけでなく、人材育成のためにできた組織なので、時には製材所に行って製材をしたり、他の事業体に行って手伝いをしたり、山の先輩たちから学び、仕事をするということも多いです。

ヘリコプター集材のメリットとは。価値ある材を、山から下す

この日、運び出されていた木材の中には樹齢250年ほどの吉野杉の大径木がありました。ヘリコプターで安全に運べる重さになるように切り分け、5回に分けてこの1本の木を運び出します。今回、ヘリコプターが往復したのは1日でおよそ130回。作業に時間がかかったり余計な作業が生まれたりすると、燃料費もかかり、それだけコストがかかってしまう。安全第一はもちろんのこと、時間との戦いでチームがひとつになり、テキパキと仕事をこなしていきます。ヘリコプター集材は規模も大きく、危険も伴う作業になりますが、佐々木さんは「その分迫力があり、やりがいも大きい」と言います。

樹齢250年ほどの吉野杉。

――木材を運び出す方法は色々あると思いますが、ヘリコプター集材するメリットはなんでしょうか?
山から木を運び出すには、「ヘリコプター集材」の他に、ケーブルを張ってロープウェイのように出材する「架線集材」や、重機などで「作業道」を付けトラックなどで木材を搬出する方法があり、その時々の状況によって最適な方法を考えて行います。ヘリコプター集材のメリットのひとつとしては、短時間で出材量が非常に多いことです。架線やトラックで運び出すよりも作業工程が圧倒的に少ないので、はるかに多い量を一日で出すことができます。そして、重さが許す限りの長い木を運び出せることですね。作業道をつくり、トラックで運ぶ場合は、木を長いまま運び出すことが難しく、どうしても短く伐らなければいけません。一方、ヘリコプターを使えば、運べる荷重に合わせて木を長いまま運び出すことができ、木の付加価値をつけることにつながります。

20m以上もの長さの木材を搬出することもある。

慣れた手つきで木に付けられたワイヤーを外していく。

そして、何より山を傷つけないことが大きなメリットだと思います。伐り出す時に他の木に当たってしまわないように気をつけさえすれば、あとはヘリで上に吊り上げれば良いだけなので、残存木(ざんぞんぼく)に与える影響が少ない。そういったことが非常に大きなメリットだと思います。

熟練した操縦技術で残存木を避け、上空へと木材が上っていく。

――いくつか出材方法がある中で、その時の条件に見合った方法を考えて実行するということなのでしょうか?
そうですね。ヘリコプターの場合は他の集材方法に比べコストがかかるため、大きい規模で木を出して利益を出さなければ経済的に見合いません。山の地形、距離、伐採の規模、木の状態やどのくらいの価値がある木なのかなど、その時々の条件によって総合的に判断して、適切な方法で運び出します。

奈良県銘木協同組合の市場に集まった木材。

ウッドバンクの木材には刻印が押されている。

――そうするとヘリコプター集材で出される木は、樹齢が高く、大きな木が多いということなのでしょうか?
そうですね。大径木と呼ばれる大きい木、長い木、付加価値のついている木をヘリコプター集材で出すのが奈良県の林業の特徴でもあります。ウッドバンクは奈良県銘木協同組合の市場に出す木を扱うことが多いので、このような大径木・銘木と呼ばれる価値のある木を出材することが比較的多いです。初めてヘリコプター集材の現場に入ったときには、とても大きな木を相手に熟練の職人たちが仕事をしているのを見て圧倒されました。今では、大きな木を相手に仕事をするということもやりがいの一つに繋がっています。

取材日に飛んでいたヘリコプターは一度に最大約2tもの木材を運ぶことができる。

林業で行う様々な仕事。自然相手だからこそ、面白い

――ヘリコプター集材をするまでの仕事の流れを教えていただけますか?
まずは、現地に下見に訪れて、どの木を伐るか選ぶ「選木」を行います。吉野林業では択伐といって、適材適所でよい木を伐りながら、間引いていくことが大切。次の世代にも良い木を残しながら山を守っていくことを先人の時代から続けてきました。伐る木を決めたところで足元が悪ければ「下刈り」といって、下草を除去して安全を確保します。そして、「伐倒」です。吉野林業では、木を山の頂上側に向かって倒すということが基本となっており、山頂側に木を牽引(けんいん)しながら倒します。そして、次に「葉枯らし」です。葉枯らしとは、葉をつけたままの状態でその場で乾燥させること。これによって、色味がよくなり、木の中の水分を蒸発させて軽くさせられます。乾燥期間は状況によってさまざまですが、約1〜2ヶ月から長い時には1年から2年ということも。自然乾燥させることで木にできるだけ負担をかけずに、良い材にする。そして、乾燥が終わったところで「枝払い」。枝を綺麗に切り払い、ヘリコプターの適正重量に合わせて1回分の荷物に仕分けしてワイヤーをかける。そして、ヘリコプター集材の当日を迎えます。この日、ヘリコプターが往復したのはおよそ130回。山から運び出し、「土場」と呼ばれる、伐採してきた木材が集められる場所に降ろされました。この後、トラックで市場へと運び出されます。

撮影当日も、たった数十分で大量の木材が土場に運ばれてくる。

――伐採が決まってから市場に出るまでは、かなり時間や手間をかけて届けられるということなのですね。ヘリコプター集材の作業の中で一番大変なことはどんなことでしょうか?
そうですね…。もうすぐ9年になるので、だいぶ慣れてきているところがあるのですが(笑)。初めの頃は体力的にキツいと思う人もいるかと思います。1つ5キロほどのワイヤーを担いで山の中を歩き回りますから。

1つ5キロほどのワイヤー。

回収したワイヤーを整理している様子。

伐倒する前には木を見て周囲を確認し、どちらに倒すかを相談し決めます。どちらに倒すかが重要で、安全の確保を最優先しつつ、他の木を傷つけないように、そしてヘリコプターの荷物をつくるにはどちらに倒して荷物をまとめるのが効率的かと、先々のことまで考えながら行います。荷物をつくる上で、軽すぎると利益が減る。逆に重すぎると運べない。そのため、軽すぎず重すぎない加減が大切になります。また、ワイヤーをかける場所もとても大事で、途中でワイヤーが滑ったりして木材が落下すると大きな事故にも繋がりかねません。

位置を決めて、木材にワイヤーを巻いていく。

――山での作業は危険なことも多いと思いますが、事故が起きないように大切にしていることはどういうことですか?
危険を察知することですね。そのためには、チーム全員がいろいろな目で見ること。各自、役割分担があり、それぞれの場所から見える景色が違いますから。「こうなるかもよ」と、気づいたことをみんなで共有して、意思疎通することが非常に大切です。あらゆることを想定して準備をしていく。ただ、自然相手なので正解というものが分からない。それがこの仕事の醍醐味でもあります。

休憩中も意見交換をして、作業が安全かつ迅速に進むよう確認を行う。

――仕事がきつくて辞めたいとおもったことはないですか?
ないですね。きっと、山仕事が楽しいからだと思います。

移住して変わったこととは。自然とともにある、仕事と暮らし

林業の仕事は朝が早く、8時前後には現地集合、夕方16時頃には作業を終えて山をくだります。また、山の仕事は天気の影響を大きく受けるので、雨が降ると現場作業ができず、休みの予定でも晴天であれば作業を振り替えることもあります。「スローライフ」に憧れて移住を決めたという佐々木さんは、休日にはお子さんと山登りを楽しんだり、木材でDIYをするなどして、山に仕事で入ることで暮らし方が大きく変わったと言います。

休日はお子さんと山登りを楽しむ。八経ヶ岳:標高1,915m。

――移住をすることについてご家族からの反対や不便なことはなかったのでしょうか?
転職する際に妻に相談しましたが反対はなく、背中を押してもらいました。日々の業務は山がある田舎の方で行うことが多いのですが、住んでいる場所は橿原市という都市部なので不便なことなどはないですね。また、こちらに初めて来た時に面倒見の良い方が多かったので、それには驚きました。みなさん「ようこそいらっしゃいました」という感じで、コミュニケーションが取りやすくて、世話好きな人が多いように感じましたね(笑)。

――山の仕事をしてご自身で変わったことはありますか?
とにかく健康的でストレスがなくなったと思います。早寝早起きで、空気の良いところでお弁当を食べ、スローライフが実現できるようになり、生活が全く変わりました。体力的にはきついこともありますが慣れますので。今は日々本当に楽しく仕事をしています。

――仕事はどのようにして覚えたのでしょうか?
先輩や先人たちの話を聞き、それを消化して、自分のやり方を見つけていくことでしょうか。「見て覚えろ」という昔の職人気質を想像していたのですが、そうではなく丁寧に教えてくださる。いろいろな作業があるので、現場をいくつも掛け持ちして、その中で経験を積んで自分のものにしていくということだと思います。

――先輩方や、仕事仲間とのコミュニケーションが大切だということですね?
そうですね。ウッドバンクの仲間も他府県から来た人が多いのですが、みんな仲が良く、コミュニケーションは大切にするようにしています。山の仕事は危険な作業が多いですから、とにかく、「分からないままやらない。怖いままやらない。」ということが非常に重要です。怖いということに対しては、どうやったら安全にできるかということをアドバイスしながら作業を進めていきます。

林業の魅力、やりがいとは。自分より大先輩であるこの木を、伐らせてもらえる

お昼の休憩は、各自が持ってきた弁当を広げ仲良く談笑しながら食べるのが日常。寒い冬は薪を焚いて、暖を取る。時にはそこに地域の人が温かいお茶を差し入れしてくれたり、協力会社のヘリコプターの操縦者も顔見知りで、会社組織を超えて、人の輪でチームワークを築いていくことが仕事をスムーズにすると言います。作業中の緊張から離れ、和気あいあいと楽しい空気が心地よさを感じさせてくれました。

お昼休憩。みんな笑いが絶えない。

――林業の仕事は重機やチェーンソーなどの道具を扱い、専門的な知識や資格が必要になるかと思うのですが、どのように身につけていくのでしょうか?
私も全くの未経験から始めましたが、先輩から教えてもらい、実践しながら技術を身につけていくのであまり心配はいりません。また、ウッドバンクでは『緑の雇用』事業という国の林業支援制度を活用しているので、講習や研修を受けてキャリアアップを目指していくことができます。職員6人のうち、5年目で取れるフォレストリーダー取得者が2人います。

――ウッドバンクで働く魅力はどんなところでしょうか?
今日のようなヘリコプター集材の現場でもそうですが、大径木、価値のある木に触れられることが多いことだと思います。また、若手にも大径木を相手に作業をするチャンスを与えてもらえる環境だと思います。若い子でも、みんなが見守り、「伐ってみろ」と言ってもらえる。価値のある木を見て触れることで勉強になり、モチベーションにもつながると思います。

――ご自身ではこれまで先輩に教えられたことや経験の中で、どのようなことを大切にして仕事をしていますか?
木を伐るにも、それぞれが役割分担で協力して作業にあたります。木を伐る人がいたり、ロープを引っ張る人がいたり。自然の中なので、体力的にもきつい、過酷な環境で作業をすることも多いですが、自分もきついけど、周りもきついと思うようにしています。自分だけだと思わないようにすることが大切だと常に意識しています。

――改めて感じる、林業の仕事の魅力とはなんでしょうか?
仕事は現場それぞれに起承転結があり、始まりと終わりがしっかりしていているので現場ごとに達成感を得ています。大きな木を無駄なく伐って、市場に持ってくる。そして、市場で自分の伐った木がどれくらいの値段がついたかということを知って、自分の中でデータ化していくことも大切。木の価値をあげていくことは林業全体の課題ですし、すぐに答えが出ることではないですが、自分の仕事を通して価値のあるものを生み出していきたいと思います。林業の大きな魅力は、今日のような大径木に触れられて、先人たちの仕事につながることができることだと思います。200年以上前にこの木を植えた人から、その後に手入れをしてきた人、守ってきた人がいて、今ここに風雪に耐えて立ち続けてきた木がある。そして、自分より大先輩であるこの木を伐らせてもらえるということには毎回、感動があります。何百年と長いスパンの中で自分のやったことが後世につながるのは、林業という仕事のスケールの大きさであり、この仕事のやりがいだと感じます。

――これから林業で働きたいという人へメッセージをお願いします。
体力がないから山仕事ができないと思っている方もいると思いますが、体力のことは心配しなくて良いと思います。1年2年と仕事をすれば体力がついて、いずれ慣れてきます。自然を相手にすることなので、やる気があって楽しく仕事をすることができれば誰でもできる。とりあえずやってみる。理屈っぽく考える前に、なんでもトライしてみようと思うことが大切だと思います。そんな人を待っています。


スローライフを求めて移住した佐々木さんが見たものは、この土地で人と森が共生してきた長い歴史、厳しい自然と向き合いながら生きてきた先人の知恵や人々の温かさでした。さまざまな苦労もあったかと思いますが、「林業は楽しい。」心からそう言って笑う佐々木さんの笑顔からは、今の生活にとても満足している様子が伝わってきました。林業のながい歴史の中で、先人たちのつないできたものを受け取り、次につなぐ、今。きっかけは自分の理想の生活を求めて。そこに一歩足を踏み出せば、自然と人との生み出す大きな時の中で、想像もしなかった新しい未来を見つけられるかもしれません。ウッドバンクでは、共に働く人を募集中。林業の未来を明るく共につくろうとする先輩と共に、新しい人生を踏み出してみませんか?

Profile

企業名:ウッドバンク有限責任事業組合
所在地:奈良県桜井市大字生田713-1
電話番号:(0744)42-0557