現場密着
2025.04.17
林業は壮大なキャンプ。アウトドア好きが飛び込んだ林業と今
文・写真:都甲ユウタ
数日前に山間部には積雪があり、ようやく晴れ間がのぞいたある日、上山拓己さんは我々を四駆に乗せ、驚くほどの急斜面をグングンと登ります。まだ雪が残る現場に到着すると黒滝村森林組合のみなさんが黙々と作業をされていました。「就職前に現場を見学した時、こんな道を運転できるわけない!と思っていましたが、慣れるものですね」アウトドア系アパレル販売の仕事から林業の世界に入り5年。アウトドアを愛する上山さんが考える林業とご自身の活動のお話をうかがいました。
インタビュー:上山拓己(黒滝森林組合)
自然に囲まれた暮らしへの憧れと、林業で実現できること
――上山さんのご出⾝はどちらでしょうか?
奈良県⾹芝(かしば)市※1出⾝です。現在は黒滝村の隣町、大淀町※2に住んでます。
地域おこし協力隊を卒業した時点で黒滝村から移りました。
※1:奈良県⾹芝市:奈良県中⻄部に位置する市。
※2:吉野郡大淀町:黒滝村森林組合まで⾞で30分程度の奈良県南部に位置する町。
――どのような経緯で、今の仕事に興味を持つようになったのでしょうか?
もともと旅行がすごく好きでした。そこから派生してアウトドアや山登りにも興味を持ちました。大学では英語を専攻していて、3年生の時にワーキングホリデーでオーストラリアのタスマニア島に行ったんです。そこでは農業をしていました。朝早くからみんなで作業して夕方には家に帰る。休みの日は大自然の中で過ごし、ずっと自然を感じる暮らしをしていました。その生活が本当に充実していて、日本でもこういう暮らしがしたいと思っていました。そんな中で、働くなら地元の奈良で自然に関わる仕事をしたい、という考えにたどり着きました。
――それから林業にはどのように出会ったのでしょうか?
偶然が重なったのですが、4年生の時にアルバイトをしていたのがモンベルだったんです。就活中はいろんな会社を見ていたのですが、ちょうどモンベルの職場の人が黒滝村森林組合の梶谷さんと知り合いで「林業に興味がある若い子を探しているよ」と教えてくれたんです。就活で山に行くの?って思ったらなんか面白そうだなと(笑)。それで一度顔を出してみたら職場の雰囲気もすごく良くて。すぐに「ここにしよう」と決めました。
――具体的にどういう点が決め⼿で⿊滝村森林組合で働くことを決めたのでしょう?
やはりタスマニア島の生活に憧れがあったことが背景にあります。さらに梶谷さんの話を聞くうちに、仕事から早く帰れることで家族との時間をしっかり持つことができ、自分の時間も確保できる。田舎に住んでいれば生活に困らない程度の収入も得られるということを知り、そういう暮らしができるんだと感じたんです。僕自身、将来は家族を持って大事にできたらいいなと考えていたので、それは魅力でした。なにより体を動かす仕事がしたかったんです。毎日体を動かして、太陽の光を浴びて、お腹が減ったらご飯を食べるという、生き物としての自然な流れがあって。林業はそこに明るさを感じましたね。いい仕事だなと。
――林業に就く前のイメージと実際に働いた際のギャップなどありますか?
思っていた以上に危険なことですかね。すごく原始的な仕事なので。実際、僕も何度か怪我をしました。手の骨を折ったこともあります。特に危ないことをしたわけではなくて、ただ転んで手をついたら折れてしまったという感じなんですけどね。体を使う仕事なので、仕事ができなくなると給料が発生しません。労災は降りますけど、そういう時期はちょっと辛いですね。
――前職のモンベルでの経験やアウトドアの知識が林業で活きることはありますか?
そもそも山や自然をもっと好きになりたいと思って、山の知識がほとんどない状態でモンベルに入ったんです。業務はアパレルの販売なので、お客様に靴や服を提案する仕事です。山登りでは靴選びや服装選びがとても重要なので、その知識を身につけて、どんな山にはどんな装備が必要かをアドバイスする感じですね。モンベルの社員さんはみんなアウトドアが好きで、色んなことを教えてもらいました。その影響もあってぼくもアウトドアにどっぷりハマりましたね。キャンプや山登りも、月一回のペースでたくさんの場所に行きました。そのような事もあって現場作業のお昼休憩にメスティン(飯ごう)を持っていって、焚き火を使ってご飯を炊いて食べたりしています。
――着るものにもこだわりがありそうですね。
インナーウェアにこだわりがあって「ミレー」というアパレルブランドのものを使っています。メッシュ状で見た目が特徴的なのですが、とても機能的なインナーなんです。汗をすぐに吸収して、乾くスピードが異常なくらい早いんです。山では汗冷えすると体力を奪われて、特に冬では地獄です。それを防ぐために着ています。先輩の岡崎さんに、着替えをしている時に見つかって「お前、それ何や?」て言われて。その時は驚かれたんですけど、次の週には岡崎さんも当たり前のように着ていましたね(笑)。
岡崎さんについての記事はこちら

同じ現場で伐採に取り組む岡崎さん。

仕事のための装備だが、無駄がなくとてもかっこいい。

モンベルは林業従事者向けの製品を多く取り揃えている。

アウターには丈夫な生地の物を使うそう。
仕事内容について。仲間とのコミュニケーションに活きるアウトドア
――普段の仕事内容を教えてください。
黒滝村森林組合では幅広い仕事を担当します。他の組合だと専門的に分かれていることが多いですが、うちは草刈りや植林、作付け、特殊伐採、造材搬出など、何でもやります。
黒滝村森林組合についての記事はこちら
――仕事を⾏う上で気をつけていることはありますか?
怪我は絶対にしないように強く意識しています。この仕事を始めた頃は、楽しんでいたと言うと語弊があるかもしれませんが、当時はそこまで安全に対する意識が強くありませんでした。何度か怪我を経験してみると、給料は入らないし、日常生活にも困る。いいことなんて何もないです。安全が一番です。
――仕事はどのようにして覚えていきましたか?
社会人経験がなかったので、どのタイミングでわからないことなどを質問していいのかわからず、一歩引いてしまっていたのですが、ヘンリーという林業経験が豊富な外国人が組合に入ってきてすごく丁寧に教えてくれたんです。それからは「じゃあ聞いてみよう」と思うようになり、仲間とのコミュニケーションも増えていきました。

ヘンリーさんは上山さんより後に入社したが林業経験は豊富で師弟のような関係。

長期で関わる現場では即席の休憩基地を作ることもある。
――この基地も仲間とコミュニケーションを取る場所としてぴったりですね。
焚き火でコーヒーを淹れたり、イノシシ鍋を持ってきてくれる人がいたり、今日は趣向を変えてピザを焼こう!となったり。一度燻製を作ろうとして大失敗しました(笑)。火をつけることはもちろん、ヘンリーに色々なテクニックを教えてもらいました。ファイヤースティックを使って、ライターがなくても火をつけられるんです。みんな本当にクリエイティブなんです。
――林業での経験がプライベートでのキャンプなどに活かされたり、影響があったりしますか?
一般の街の人がやるキャンプと自分がやるキャンプではテンションが違いすぎて、友達に引かれることがあります(笑)。ぼくが当たり前のように薪を割り始めたら「えー!」と驚かれたり。街の人からすると「買えばよくない?」なんですが、ぼくからすると「これに千円払うの?」となってしまって。買うほうがびっくりしますね。

村の一角を借りて、薪を生産する場所として活用している。
資源を無駄にしない。プライベートの活動の理由と日々の生活
――プライベートでも様々な活動をされているんですよね?
主には薪の製造販売をしています。やはり村のPRになるようなことをしたいので、黒滝村はもちろん村外のイベントにも積極的に参加するようにしています。毎年村で開催されているサマーフェスティバルや、村の女性木工グループ「スギイロ」さんが主催しているスギイロ市にもよく出店しています。そこでは薪割り体験やスウェーデントーチを作ったり、焚き火台を置いて火を焚いて「マシュマロ食べたい人〜?」って感じで声をかけて、ちょっとした休憩スペースを作ったりもしましたね。そこに来てくれた人に「何してる人なん?」と聞かれるのを待って、「林業してます。」と自己紹介するきっかけにもなってます。ちなみに屋号があって「アックスボンバー」ていうんです(笑)。イベントにはアックスボンバーとして参加しています。

「斧が爆発してるイメージ」で発注されたアックスボンバーのロゴ。
――なぜ薪の販売を始めたのでしょうか?
山で伐採されて残った木の根っこなど、材にならない部分がそのまま捨てられているのがもったいないと感じたんです。本来は資源なのに、間伐の過程で伐られた木がそのまま放置されていることも多いんですよ。昔の人がせっかく植えた木が、活用されないまま朽ちるのはもったいないと思いました。どう活用しようかと考えた時に、一般家庭に使われる薪にしようとすると、それを大量に作る時間が取れない。そこで当時流行っていたテントサウナ専用の薪を作ろうと思いました。

薪を背負って運べる、ファイヤーサイド社とモンベルとの共同開発リュック。
――どのように広がっていったのでしょうか?
薪作りをしていると、岡崎さんが「薪やってる子がいるよ」と知り合いの方に紹介してくれたんです。それをきっかけに様々な分野の方から声がかかるようになりました。ただ、誰にでも販売しているわけではないんです。というのも、道の駅で売っているような薪と比べて乾きが不十分で割高ではあるのですが、資源を活用するというぼくの活動を理解してくださる方に販売しています。

軽トラの荷台に薪を詰めて1台分5,000円で売っているそう。
――林業と個人での活動と多忙な中、休日はどう過ごされていますか?
黒滝SC(スポーツクラブ)というサッカーチームで、よくサッカーをしています。森林組合の人たちも何人か参加していますよ。それと筋トレですね。休日という訳ではなく、仕事終わりに組合の人と懸垂をしたり(笑)。大きな木を扱う仕事なので体力が必要なんです。
――これからプライベートで挑戦してみたいこと
テントサウナを買って、サウナーを増やしたいです!薪もあって準備はできるので。吉野川の横でテントサウナを建てて一人で楽しそうにしてたら、人が来るんじゃないかなと思ってるんです。黒滝村もテントサウナには向いてる村なんです。自分の時間をゆっくり過ごせる環境なんです。来年中にはやりたいなと。目標ですね。
――愛車や薪割りの斧など、見せていただきました。

日産ラシーン。アウトドア好きならではの車。

薪割り用の斧。

登山をしている頃から愛用しているハイキングシューズ。

薪生産をする以前に作ったククサというフィンランドやスカンジナビア半島の伝統的な木製カップ。
グリーンウッドワークとして乾燥していない生木を手で削って2週間かけて作った作品。
仕事としての林業のやりがいと今後の展望
――仕事でやりがいを感じるのはどんな時ですか?
仕事を始めた頃、いまでもそうなのですが、間伐といって立木を間引く仕事があって、それをすると景色がガラッと変わるんです。光が一気に差し込んで、何十年も放置されていた森が明るくなる。その時に「この木が太く育ったら、どんな姿になるんだろう」と想像しながら作業するのがすごく好きでしたね。最近はまた違う課題が出てきました。重機を使う仕事では、機械のエラーが発生することがあるんです。こういうトラブルがあると、その作業に関わる全員の仕事がストップしてしまうので、責任が大きい仕事だと実感します。先輩だからといって遠慮して指示を出さないと、ミスにつながることもあるので、積極的に声をかけて助け合うことが大切です。そうやって、以前はできなかったことが少しずつできるようになっていく過程に、すごくやりがいを感じます。
――上⼭さんにとっての林業の魅⼒はどんなところでしょうか?
林業の魅力は……やっぱり「快活」なところですかね。僕自身、すごく快活に仕事ができています。最初は大変でしたが、人間関係もうまくいき始めて、すべてが丸く収まりました。仕事自体もダイナミックで、汗をたくさんかいて、ドロドロになって帰ってきて、ご飯をガッツリ食べて、次の日は朝早いからサッと寝る。このサイクルがすごく快活で、気持ちいいんですよね。
――実際アウトドア好きや何かに挑戦することが好きな⼈は林業に向いていると感じますか?また、向いていない⼈は?
一概には言えないですが、アウトドア好きにもいろんなタイプがいて、例えば「自然を心から愛するあまり、木を切ること自体に抵抗がある」という人もいます。林業の意義を考えると理解してもらえるはずの話なのですが、難しいこともありますね。やっぱり、仕事としての認識をしっかり持つことが大事ですね。森を守るために仕事として林業をしているわけなので、その点をしっかり区別できる人は向いていると思います。

森林保護はもちろん、木材生産をする経済活動が林業の目的だ。
――林業家を⽬指す⼈に向けて、メッセージやアドバイスがあればお願いします。
林業に特化して言うなら、やはりタフさが求められる仕事です。体力的にも精神的にもタフであることが大事です。とはいえ必ずしも体力がないとダメというわけではないです。組合にいる女性2人は体は男性に比べると小さいですが、ハートは強いですよ。なによりチームで動く仕事なので、協調性も重要になってきます。今の仕事の状況が楽しいので、新しく入ってくる人とも楽しく仕事ができる自信があります。なによりぼくはサウナが大好きなので、サウナ仲間を心から探しています!
信頼できる仲間と働いて、即席の基地を作って焚き火でご飯を食べる。日々薪を割り、テントサウナで疲れを癒やす。上山さんは壮大なキャンプをしているようだ、と感じました。タスマニア島で過ごした、太陽の光を浴びながら働き、疲れたら休んで、食べ、寝るという自然な生活サイクルは、日本の奈良県でいた林業のサイクルが、形を変えて憧れを満たしてくれていたのではないでしょうか。黒滝村森林組合とアックスボンバーこと上山さんとご縁が繋がるであろう方々と壮大なアウトドアを満喫するこれからが楽しみです。