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現場密着

2022.10.28

林業の視える化を。林業従事者が生み出す木製品と広がる未来

文・写真:都甲ユウタ

林業従事者になるには?そもそも林業って何をしているの?一人で山奥の木を伐っているだけなの?身の回りにある木製品も、わたしたち消費者のところに届くまでの過程は視えづらい。そんな「視えない林業」のことを知るために、豊永林業株式会社加藤賢一さんの現場を訪ねました。そこには仲間と一緒に、パワフルかつ丁寧、なにより楽しそうに働く加藤さんの姿がありました。

インタビュー:加藤 賢一(豊永林業株式会社)

林業という仕事に就いた経緯と山での1年

加藤さんが勤める豊永林業は、吉野郡下市町にあります。現在で16代目にあたる山主の方が所有される、1500ha(東京ドーム約320個分)もの山林を管理・整備されています。ご自身が生まれ育った場所でもある下市町。大学では法学を学び、真逆とも思える林業を仕事として選んだ経緯はとても軽やかで自然な気持ちからでした。

現場から見える、遠くに霞む山々すべて管理している山だそう。

――どのような経緯で林業に就かれたのでしょうか?
会社が家から近かったんです(笑)。ただ単に仕事の選択肢として林業があっただけで、大した理由はないんです。当初は林業をしようとは全く思っていなくて、むしろ車が好きだったので、カーディーラーの営業などを検討していました。ですが残念ながら自動車関連の仕事とのご縁はなく、「じゃあ家から通えるところにしよう」と、最初は軽い気持ちで豊永林業に就職しました。父親が土木関係の仕事をしており、小さな頃から毎日ドロドロになって帰ってくる姿を見ていたので、林業に従事することに先入観はありませんでした。

笑顔の絶えない加藤さん。

前日の雨でぬかるんだ道を、スパイク付きの足袋で軽やかに歩く。

――実際に林業に従事されて、気づいたことや戸惑いはありましたか?
林業は自分よりも大きく重たい木材を扱うため、3人1組などチーム体制を組み、仲間とコミュニケーションを取りながら日々仕事をしています。この部分はチームプレーのスポーツと似ているなと感じていて、仲間との信頼関係がないと怪我や事故をしてしまう恐れがあります。また、多くの方が林業は「田舎の職業」というイメージを持たれていると思うのですが、そんなことは無くて、僕はいま奈良県の市街地である橿原(かしはら)市に住んでいます。通勤時間は車で40分ほどで、街の利便性と自然の心地よさの両方を享受できています。

この仕事に就いて10年、なんと一度も風邪を引いたことがない加藤さん。

加藤さんは、入社されて現在までの10年間、作業道作設をはじめとした業務に従事してこられました。作業道とは、山で伐採した木材をトラック等で効率よく搬出するための道のことです。1ヶ月で500mの道を作設することを目標にされており、そのための工夫と段取りから、長年の経験値を感じることができます。

――普段どのようなスケジュールで1日を過ごすのでしょうか?
8時に出勤して現場に向かいます。午前中まで作業して、お昼休憩を挟んで次の作業の準備をします。夕方には伐った木をトラックに積み込み、スッと山を降りられるように段取りしながら動いています。その後は明日の準備などを済ませて、帰宅します。どの仕事もそうだと思いますが、段取りで仕事の8〜9割は決まってしまう。残りはその日の作業効率の良し悪しでしかなくて。道具にしろ、重機にしろ、些細なことですが段取りをしっかりしていないと作業が止まってしまう。段取りの良さを常に意識して動いています。

「ダンドリスト」と社内で呼ばれるほど段取りにはこだわりを持っている。

重機のグリスアップ(潤滑剤を機械類に補給すること)など、メンテナンスも安全に仕事をするために大切なこと。

――1年を通してどんなお仕事をされていますか?
作業道作設・間伐のサイクルを繰り返しています。それができるぐらい、管理している山が広いんです。奈良県にはたくさんの事業体がありますし、やっていることもそれぞれ違います。造林を専門でやっている方もいれば、木の伐採だけの方もいます。林業って多種多様で幅が広い。ただその中でもこれだけ広い面積の山を持っている山主さんは多くないので、1年を通して様々な現場で作業道作設に集中できるのは豊永林業ならではと思います。

加藤さんが担当した作業道。

――なぜ山に道をつけるのでしょうか?
作業道をつける目的はたくさんあります。山の手入れに簡単に行けますし、道があればトラックが入ることができるので間伐した木材の搬出コストを下げることもできます。奈良の山は急峻なのでヘリコプター集材が主流ですが、それよりもトラックの方が断然コストを下げることができます。「トラックを降りたらすぐ現場」という利便性も重要です。そうでなければ、チェーンソーやワイヤーを担いで数時間、山を登ることになるため、作業道の役割は大きいと思いますね。

現場のすぐ側まで車で入ることができるため、通勤時間の短縮にも役立っている。

一見すると自然を破壊しているようにも見える作業道作設。しかしその行いは破壊とは真逆で、スギ・ヒノキの森に日光が当たりやすいようにし、近年多発する水害による土砂崩れが起こりにくい強い森づくりのための第一歩でもあります。健全な森が産む良質な木材を間伐し、作設した作業道で効率的に山から下ろす。そんな森の循環の最前線に加藤さんはいます。

――作業道作設の工程について教えてください。
※工程の詳細は後述していますので、そちらをご覧ください。

①ルート踏査
目的の山に、どんな道をどれくらい作設するか歩いて調査します。

道が通る方向や高さを仲間と確認しながら、ルート上に目印のピンクテープを巻く。

②粗道づくり
踏査したルートに従い、道を作っていきます。

作設の支障となる木を伐ったり、切り株を取り除いていく。

③法尻工(のりじりこう)
谷側の斜面に木を組み、土の流出を防ぎます。

法面に「犬走り」と呼ばれる、木を組んだ状態。

④山留工(やまどめこう)
掘削した山側の斜面が崩れるのを防ぐために丸太を組んで、積んでいきます。

3人体制で次々と役割を交代させながら丸太を積んで組んでいく。

緑化が進んだ作業道。

⑤路肩処理工・敷砂利
強固な道にするため、路面に木を組んでいきます。

車両が通っても沈まない道になる。

⑥路面排水工
専用のゴム板を埋設し、路面に水が溜まらないよう谷側に水を流します。

ベルトコンベアのゴムを再利用したゴム板が複数設置されている。

豊永林業に就職して10年、そのほとんどをこの作業道作設に注いできた加藤さん。取材当日は山留工(上記④)を加藤さん含む3名のスタッフで施す1日でした。小雨が降る中、スピーディーに作業が進んでいきます。

粗道づくりで伐った支障木の丸太を満載にしたトラック。

グラップルと呼ばれるアタッチメントを取り付けた重機で、トラックに積まれた丸太を掴んで地面に降ろす。

長い丸太の上に積む短い横木を、その場で切って作る。

3人同時に、ハンマーで8寸釘を打ちつけ固定する。

組んだ上から土をかけて、重機のバケットの裏面部分で押し固める。

――林業の現場はどんな雰囲気なのでしょうか?
みんな優しいですよ。昔は「見て覚えろ」みたいな風習も強かったみたいですが、今はそういう時代でもないので。作業工程の目的、効果についてもしっかり教えます。もちろん危ない時はちゃんと言いますよ。そこのメリハリはつけています。普段は和気あいあいと過ごしています。やっぱり楽しく仕事したいじゃないですか(笑)。

山の中での食事はとても気持ちが良さそう。
聴き慣れないセミが鳴いていたので尋ねると、この時期の山にしかいない「ヒメハルゼミ」だと教えてくれた。
五感で四季を感じることのできる仕事だ。

――仕事を始めた頃、苦労されたことはありますか?
就職して最初の3ヶ月はアルバイトとして雇ってもらっていました。釘を打って先輩に付いていくだけで必死でした。その時は真冬で木が凍っていて、釘を曲げずに打ち込むのにとても苦労しました。ずっと釘打ちの作業だったので、初めて木を伐った時はとても興奮しました。入社して1年や2年でモノになる世界ではなく5年の下積み、10年で一人前と、長いスパンで取り組む根気強さは必要ですね。

2.5キロのハンマーで釘を曲げずに打てるようになるまで数ヶ月はかかるそう。

――山の仕事の魅力はどんなところに感じますか?
僕はずっと作業道を作ってきました。何もない山を切り拓き、後ろを振り返ると「道ができてるやん!」と成果を実感できることは魅力ですね。林業って何をしているか分からないじゃないですか。よくあるイメージでは木を伐る、しかも斧で伐っていると思っている方も多い。ですので、作業道作設のような林業もあるということをぜひ知ってほしいですね。

重機の導入にも積極的で、山で働く皆さんの身体的負担はかなり軽くなったそう。

――プライベートの過ごし方を教えてください。社員さん同士の交流などもあるのでしょうか?
お酒を飲みに行ったりはしますね。コロナ禍となる前は、会社が飲み会を設けてくれていました。その場には昔から会社とお付き合いのある異業種の方もたくさんいらっしゃるので、人脈もすごく広がりました。プライベートではもともと体を動かすことが好きなので、地元の人たちとソフトボールをしたり、友達と旅行に行ったりと、結構アクティブになんでもやります。

束の間の休憩。
このチームでは一番先輩で経験のある加藤さんですが、よくイメージされる職人世界の上下関係ではなく、一緒に働く気の合う仕事仲間と過ごされている印象でした。

自社ブランド「rin+(りんプラス)」が生み出す木製品と林業従事者としての想い

採算が取れないほどに下がった木材価格に、人材不足。放置された山も増える今。現行の林業が抱える問題はたくさんあります。何よりわたしたちが生活する日常から、林業を感じる機会が少なくなってしまったことに問題の本質があるように思います。
エンドユーザーからも、生産者からも、お互いの姿が見えない。そんな現状を変えたいと願う林業従事者としての想いから、木製品の原料の生産から制作、販売までを手掛ける自社ブランド「rin+」が2021年5月15日にスタートし、1周年を迎えました。

黒滝村にある道の駅「吉野路 黒滝」にある「rin+」の店舗。

――「rin+」が生まれた背景を教えてください。
「このままじゃ林業はだめだよね」「じゃあ何をすべきなの?」そんな社内での話し合いの中から、生活の中に「林(rin)」をプラスしてほしい。林業を知ってもらうきっかけとして、手に取って身近に置いてもらえる木工品を作ろうと、豊永林業社員全員で立ち上げました。林業ってまだまだ不透明で、一般の方々からしたら全く見えないじゃないですか。漁業や農業は作っている人の顔が見えるように、林業もそれができるんじゃないかと考えています。

ヒノキのアロマオイルとアロマボックスとヒノキ玉。

ヒノキの入浴剤。

天川村で採取されたクロモジ(黒文字)の蒸留水。

――商品はどのように作られているのでしょうか?
間伐する中で市場には出せない劣勢木や支障木を、自分たちで製材し製品にしています。また、商品制作を委託させていただいている方々へ、材料として提供もしています。原料のヒノキも自社の山のもの100%ですし、豊永林業は国際基準のPEFC(*1)の認証もいただいています。
*1 PEFC(Programme for the Endorsement of Forest Certification Scheme) 森林認証制度相互承認プログラム。世界の149か国の政府が支持する持続可能な森林管理のための国際基準である「政府間プロセス基準」。

秘密基地のような加工場には製材機も置かれていた。
車で牽引して運ぶこともできる。

――お客様からの反応は感じますか?
アロマスプレー作り体験のワークショップを色んな場所で開催しました。カチッとしすぎないために、あえて「豊永林業」としてではなく「rin+」として実施しています。その時は僕らも私服なので、林業従事者だとはわからない。お客様に「普段は山で木を伐っています」と言うと驚かれますね。「rin+」の活動を1年させていただいて、去年いらっしゃったお客様が「また来たよ」と声をかけてくれることも増えました。山での仕事だけでは出会うことのない、エンドユーザーの方と接することができる貴重な機会だと感じています。また、より多くの方に林業や森について知っていただけるように、作業道作設を体験できるワークショップや、森のヨガ教室なども開催しています。お客様に「rin+」、そして林業について知ってもらえたらと思っています。

――「rin+」はどこで購入できますか?
黒滝村にある道の駅「吉野路 黒滝」の「rin+」店舗、天理市にオープンした「なら歴史芸術文化村」の伝統工芸館、橿原市内のホテル「THE KASHIHARA」のショッピングプラザ、平群町にある道の駅「大和路へぐり」、ECサイト「ならわし」など、嬉しいことに色々なところに置かせていただいています。

――「rin+」のこれからやご自身の展望を教えてください。
林業を知ってもらうためには、手に取りやすい小物を作る必要があるかなと考えています。ただ木製品だけでいうと、大手の会社からも様々な製品が出ているので、うちは埋もれてしまうかもしれない。だけど僕らには「吉野の山から採れた、自分たちで伐った木から作った製品」だと言える強みがある。そして最終的には、木材の可能性をもっと広げて、市場価値をより高めていきたいと思っています。100年生、200年生といった木はもちろん高価になりますが、山って全部がそうじゃないんです。細い木もあるし曲がった木もある。それらも含めてたくさんの方に知ってもらえたらなと思います。最近では、林業のことを1人でも多くの方に知ってもらうために、異業種とのコラボレーションなどを積極的に行なっています。例えば、2022年1月には、奈良県五條市を中心に環境保全型の農業に取り組む「パンドラファームグループ」と豊永林業が一緒になり、紀伊半島の「食(農業)」と「木(林業)」をかけ合わせたライフスタイルブランド「Kii STYLE」を立ち上げました。今後も林業や奈良の枠を超えた活動を積極的に行なっていきたいと考えています。

――これから林業従事者を目指す人たちへのメッセージをお願いします。
就職してすぐに「樹齢百年を超える大きな木を伐る」といった多くの方が理想とする仕事ができることはほぼありません。僕も5年ほどの長い下積みがありました。木を伐るということは、僕たちの3世代前の方が手塩にかけて植え、長い年月をかけて育てた木を扱う責任が伴うということを知っておいてほしいです。もちろん、やりたいことや仕事のモチベーションをどこに置くかは人それぞれでいいと思います。僕が最初は立地で林業を選んだように、まずは先入観を持たずに林業の世界に飛び込んできてほしいですね。これからの林業は、時代に合わせて柔軟に変わっていくべきだと考えています。僕の使命は「林業の視える化」だと思っているので、この記事を読んで、共感してくれる方や共に活動できる仲間が増えれば嬉しいと思っています。


林業は、ただ木を伐るだけではなく、実は多種多様な世界。例えば、わたしたちの暮らしの中に良質な木製品を置くことで、その生産者の顔や背景にある想いを知ることができ、今までは視えなかった林業がぐっと近い存在になるのではないでしょうか。加藤さんのつける道がそんな未来に繋がっていると思うと、ワクワクしてしまいます。

作業道作設の工程詳細説明

①ルート踏査
まずは地図上で分かることを調べた上で、実際に山を歩きます。地図の等高線ではなだらかなはずの箇所も、歩いてみると急斜面だったり、歩かないとわからないことばかりです。変なところに道をつけると作った道が崩壊してしまいます。山に負担をかけずに道を入れて、どれだけ木を収穫できるかという点も考えて踏査します。山を見る視点も人それぞれ違うので、たくさんの視点で見ることが重要ですね。会社のメンバー全員で踏査することもありますし、1週間ずっと踏査ということもありました。

②粗道づくり
ルート上の支障となる木を伐採し、切り株を掘り起こす抜根を行います。次に重機で山側の土を掘削し、谷側に盛り、盛った土を踏み固め、積み重ねていく工程を繰り返すことで粗道ができていきます。重機が通れるので、この時点で道の姿がほぼできています。

③法尻工
傾斜がきつい斜面では土がポロポロとこぼれていきますが、犬走り(法面下部に木を組むこと)によって土留めされ安定した法面が形成されます。建設の現場で言われる「基礎」と同じになります。この工程で道の基礎を作ります。

④山留工
山側の切取り高が1.4mを超える場合は冬に霜が付くと崩れやすくなるため、山留め工で崩れを押さえる。この工程はとても重要です。また斜面の緑化も早くなりより崩れにくくなります。

⑤路面処理工・敷砂利
作業道の路肩部分に木を組み、現地から出てくる細かい岩・石などを敷くことで、トラック等の車両が走行できる強い道に仕上げます。道が重機や車両の重みに対して沈み込まないことは、結果として安全な走行・作業につながります。

⑥路面排水工
作業道において山に流れる水をどう流すかが一番重要で、水の処理を間違うと道が崩れてしまいます。雨が降った際に水がどう流れているか歩いて確認し、作業道を流れる水が集中しないように、水切りを入れたりします。

Profile

企業名:豊永林業株式会社
所在地:奈良県吉野郡下市町下市135番地
電話番号:0747-52-2026
URL:http://houeiforestry.com/